20


〜Good friends we had,
〜Good friends we've lost along the way.
〜No Woman,No cry.
途の途中で良き友を得、そして失ってきたけど
泣かないで大事なひと


自分の店で聞きなれたダラダラしたレゲエの鼻歌まじりに、
俺は正午の環状線をブッ飛ばす。
今はもう午前の配達を終えて、次のは午後の予約便だから
時間に追われてるわけでもないんだけど、なんとなく気分。

今が冬じゃなくて春なんだとようやく分かるくらい
本日の陽射しは暖かくて穏やかだ。
昨日は失ったはずの友とやらも戻ってきたし、
ついさっきは女の件も解決したし、調子はかなりイイ感じ?。
俺の気分に同化して、愛車の吹き上がりも良好だ。

(ところでどうすっかな〜。サル。)

昼間の環状線じゃスロットルを空けて3分で目前に赤信号が迫る。
仕方ないから信号待ち車列の脇をすり抜けて停止線の前に出てから止まる。
車速が落ちると思考もダウン気味になるから不思議。

8年も前から戒而の戻りを尋ね続けてきたサルに、ひとこと言ってやるのがスジだろう。
だけど悟一はちょうど今、彼女と別れよーとしているわけで。
もう別れたんならいいとして、もしまだモタモタしてる最中だったら
今教えてやるのはいーんだろうか。どうだろう。

一般的に考えて。今付き合ってる彼女と別れるとして。
自分はいなくなった前の女に未練があるんだけど
もし前の女がどうなっていよーが今の彼女とは別れるつもりだったとして、
でも前の女が戻ってきたと聞いた途端、今の彼女に「別れてくれ」って言うのは、
なんつーの、その、多少気がとがめるじゃん普通。

そもそも悟一は俺を呼び出して「傷付けない言い方」なんてのを確認するくらい
根性ナシってゆーかまあ優しいとも言う?、そういうお子様なわけだ。
にしてもなんで俺サマが悟一の心境なんかをグチグチ考えないといけないのかと思うとムカつくんだけど。

(聞いてみよ。)

もう彼女と別れたのかそれともまだウダウダしてんのか、
まずはそれを確かめればいいわけだ。
電話すっか。

信号が青になるとすぐ駆け出して、俺は次の小さな交差点でウィンカーを出した。
曲がった道の先は閑静な住宅街に続いている。
バイク便には縁の薄い住宅街の通りは俺の頭の路面図に載っていないけど、
二輪を停めて落ち着いて電話できる公園なんかを探すつもりだった。

◇◇◇

(ここでいっか・・。)

住宅地に公園は付き物だと思っていたが、探してみると意外に探せない。
結局俺は『公園予定地 立ち入り禁止』と書かれた札の立つ荒地前でバイクを停めた。
小さな畑が公園用に買い取られたらしいその場所は
ちょうど靴が隠れるくらいに雑草が追い茂っていて
寝転んで電話して、あとは午後の配達まで仮眠するのにふさわしそうだった。
喫茶店なんかに入ってもいいけど、貴重な昼の陽射しを避けて屋内に入るのももったいない。

俺は雑草の上にあぐらをかいて自分の携帯を繰り、悟一を呼び出した。
昼のこれくらいの時間ならヤツも宅配便の昼休みだ。
延々と呼び出しを続けてコール18回ののち、ようやく繋がった。

「何?。」
「ナニはねーだろ。」
「コレ運んだら昼だから。そしたらオレからかける。」
「早くしろよ。」
「ん。」
通話時間 4秒。

(クソ。サルめ!。)

重大ニュースを告げるべきか告げざるべきか、ガラにもなくドキドキしてしまったこの胸の鼓動が空振りだ。
俺はふてくされて草地に寝転がった。
大地に寝たまま伸びをして、直視するには眩しすぎる昼の空に目を細めてみたり。
そんな事をしてる時だ。
聞き覚えのあるカンカンとけたたましいサウンドが、辺り一帯に鳴り響いた。

(しまった。)

団地の大きな建造物の影になった向こう側に遮断機があるらしい。
路線の存在を確認しないでこの場所に駐車したのは迂闊だった。
だけど今からバイクに乗って走り出したら、悟一の電話を取り逃すかもしれないわけで。

(サルめ!。)

悟一のせいじゃないと知りながら、とりあえず俺は悟一を罵った。
悟一だけじゃなくお前も過去に対峙しろと、誰かに言われたような気分だ。
耳を塞ぐこともできずに、俺はカンカン鳴り響く警告音に胸を抉られながら目を閉じた。
晴れ上がった空が透けて見えるみたいに俺の目蓋に浮かぶのは、
俺が宗蔵に最終宣告を告げられた遠い日の光景。


8年前、俺達はそこそこにうまくやっていた。
俺と宗蔵だけじゃなく、戒而と悟一をも含めた4人が穏やかな関係を保っていた。
幸福呆けした俺が宗蔵にメシを作ってやろうなんて考えて
充分に想像できる結末として大失敗し、
結局戒而が作り直したメシを4人で食った、なんていう微笑ましい日もあった。
今思えば、あの頃の俺達はうっとおしい仲良し家族みたいにバカ幸福だった。
どう少なく見積もっても、俺は幸福だった。

宗蔵は俺を拒まなかった。

だけどそれは精神的な意味に限られていて、
いわゆる恋人同士らしーことを要求した暁には、
俺はコトゴトク拒絶され、罵倒され、殴られたり蹴られたりもしていた。
そんでもって俺も、俺の(正当な)要求を通すべく、
怒鳴ったり手を出したり引っ込めたり、不意を衝いたり隙を狙ったりしていた。

そのうち俺も、多少は疲れ始めた。
だけど、宗蔵の方は「多少」なんてもんじゃなかったんだろう。
当時の俺は多分、目の前に餌がぶら下った馬みたいなもんで、
自分と違う種類の人間の心情を推し測る余裕なんて微塵も無かった。

当時、週末は宗蔵のマンションにお邪魔するのが俺の定例になっていた。
或る週末、俺は「今日こそは」と勝手に心を決めて、
「今晩は絶対戻らない」と戒而に宣言して部屋を出た。
そう、その時はまだ俺の部屋に戒而が住み着いていた。
で、夜になって結局俺は宗蔵に蹴り出された。
俺が蹴り出される少し前、俺は悟一をマンションから蹴り出していた。
事を起こすには、二人っきりの方が全然都合がいいわけだから。
俺に締め出された悟一は戒而のいる俺のアパートに行くのがお約束になっていたから、
悟一も悟一で蹴り出されるのがまんざらじゃなかった。

とにかく「今日こそは」と意を決して出てきた手前、
またしても終電間際に帰って憐れみの微笑で戒而に出迎えられるのは男として我慢ならなかった。
おまけにサル小僧にも馬鹿にされるんじゃないかと思うと、絶対に帰れなかった。
そんなわけで俺はマンションのポーチで一晩を明かし、
翌日早朝再度マンションに乗り込んだ。今思えばタダの暴漢だ。

「出て行け」「出てってたまるかよなあ頼むから」みたいな最近のお約束を繰り返した後、
「お前が出ないなら俺が出る」と、勢い余った宗蔵がマンションを出た。
高層マンションの最上階から地階へと降りて、その後は何処へ行くあてもないくせに
ただ歩き続ける宗蔵の後ろについて、俺はつまらない事をしゃべり続けていた。
何を話していたのか正確には記憶にないが、多分バカな俺は
「頼むよなあ減るもんじゃなし」とかなんとか言っていたんだろう。
おまけに多少手も出して殴られ、その後1発殴ったら3発殴り返されたりしたあと、
宗蔵は俺じゃなく少し遠くを見据えて、独り言みたいに小さく呟いた。
「限界だ」と。

「え?。」
「もう、ついて来んな。」

その声音は、今までの俺達の怒鳴り合いとは違う深い色に沈んでいた。
だから俺は、いつもの調子で遣り過ごすことができずに、言われたままに立ち止まった。
それはちょうど、踏切の手前だった。

俺をその場に残して、宗蔵はただ同じペースで歩き続け、線路を越えた。
通勤通学の人波も薄い日曜の早朝、
遮断機は上がっているのに踏切手前で立ち尽くす俺を誰も気に留めなかった。
じきに遮断機が降り電車が通過して、俺の視界を遮った。
俺の胸にはただ、動悸だけが存在した。
その時の俺は、あたかも俺の人生の視界が遮られたような気分でいたが、
後から考えてみれば、それはただの比喩でも、思い違いでもなかった。

そして電車は通過し切り、遮断機は音も無く上がった。
もう俺の視界の届かない彼方へ歩き去っただろうという予想を裏切って、
宗蔵は存在した。
踏み切りを挟んで俺の向かい側に、ハニーもまた立ち尽くしていた。

その時俺はようやくやっと、俺はハニーを傷つけていたんだと気付いた。

いつも口にしていた通りに、俺を「クソ野郎」としか思わないなら
ハニーは立ち去って、もうそこにいなかったはずだ。俺はそう思う。
こんなに距離を取らなければ振り向けない程、きっと俺はハニーを追いつめていた。

まだ白い靄の残る早朝の道端、踏切前で、
俺はただバカみたいに線路向こうのハニーを見つめていた。
両手をブルゾンのポケットに突っ込んで立ち尽くす彼の姿は今でも俺の脳裏に焼きついている。
華奢な両肩は少し落ちて、ハニーは怒っているというより
この状況をただ哀しんでいるようにしか見えなかった。

俺の見つめる中、ふとポケットから取り出されたハニーの手には、
見覚えのあるソフト帽が握られていた。
ハニーはそれを頭に乗っけて思いっ切り引き下げ、
目深過ぎて前が見えないまでにして被った。
そう言えば俺達が付き合いはじめてから今まで、俺はあの帽子を見ていなかった。

「悪ィな。」

声が聞こえたわけじゃない。
帽子で俺との視線を遮った宗蔵の口がそんな風に動いただけだ。
神様に怒鳴られたって絶対謝らなさそーなアイツが、詫びの言葉を口にした。
だから俺は、これがもうどうにも変えようがない最終通告なんだと知った。
同時に俺は、もうひとつ重大な事実に気付いた。
俺が求めるものをどうしても与えられない宗蔵は、心の底で自分を責めていた。
知らなかった。

俺は何にも気付かなかった。

肌に触れて体温を感じて、お互いを貪り合う事でしか想いを確認できない俺は
俺に向けて開かれていたドアの狭い隙間すら、自ら閉じてしまった。
叫び出したかった。
3歳のガキだったら地団太踏んで泣き叫んだだろう。
だけどハタチを過ぎた俺は、喉の奥に大きな塊が詰まったようで声も出せなかった。

帽子で俺との視線を断ち切った宗蔵は、路の向こうへと振り返り静かに歩き去ってゆく。
ついて来るなと命じられた俺は「待て」のかかった犬まがいに遠くなる背を見送り続けた。
俺はこの線路を越える事を望まれていない。
望まれない事を望んで傷つけるつもりじゃなかった。
そんなつもりじゃなかった。
フラれて始めて俺はいたわることを学び、そして実行していた。
笑うだろ。
笑っちゃうよ俺も。

笑うところだと知りつつ泣きそうになる俺の胸元で、携帯が細かく震え出していた。
サルにしちゃナイスなタイミングだ。


「ハイ。」
「悪ィ。エレベーター無シの4階だった。」
サルは荷物の運び先の事を話している。
突然そう言われても理解できる人間は多くないと思うがまあいいとして。
「あ〜。ええっと、なんだその。」
「早くしてよ。」
(野郎。)
「じゃもお聞くけど、別れた?。」
「・・まだ。」
「モタモタしてんなあ。」
「違うよ!。『会って話しよう』って彼女に言ったんだけど、
彼女はちゃんと仕事してるから昼はダメだし夜は残業とかもあるだろ!。
だからスケジュールが合わなくて」
「そりゃ勘付かれてんな。サル。」
「え?。」
「まあそんなところだろーけど。」
「でも、今晩会う事になってるから。」
「・・今晩かあ。」

そしたら、戒而の話は今じゃない方がいいかな。
どーせ8年も待ったんだし、余計な想い背負い込むよりは2、3日遅れた方がマシだろ。

「もしかして、別れ話してオレが落ち込んでるかもって気遣ってくれたり、した?。」
「ま、まあな。」
「ども。」
「べっつに。そんじゃまあ、せいぜい気合入れて話せよ。」
「ん。」
「彼女が泣き出しても動揺すんなよ。」
「・・・ん。」
「じゃ。」

ところで戒ちゃんは、なんて聞かれる前に、俺はそそくさと通話を切った。

(さてと。)

本日晴れて別れ話が成立するとして。

(あ。)

通話を切った携帯を握り締めて、俺はまたしても今更の事に思い当たっていた。
戒而が出て行ったその理由を、俺はまだ確かめていなかった。

8年前。俺がフラれたまさにその日に戒而が消えた。
俺が帰り着いた人気のない部屋はやたらと片付いていていた。
以前戒而が家出した時にはダイニング兼キッチンのテーブル上に短い書置きが残されていたが、
その代わりにか同じ場所にはポツンと部屋の鍵が置き去られていた。

前の晩、俺に蹴り出された悟一は俺のアパートに来たはずだ。
そこで何があったのか、もしくは何もなかったのか、俺は未確認だった。
フラれたてで、自分がクソでカスの最低な人間だと自暴自棄になっていた俺は、
こんなロクデナシだから親友にも見捨てられたんだろうと、そう結論付けた。

悟一は戒而に惚れていた。
戒而はそれを知っていた。
もし。
もしも万が一、悟一を厄介だと感じて戒而が姿を消したのなら。

(あ〜。)

俺は草地にひっくりかえってジーンズのポケットをあさり、
もうよれよれになった小さな紙切れを取り出した。
今朝、俺の額にひっついていた名刺。
裏には戒而の携帯の番号が記されている。


通りがかる人影も無い団地沿いの公園予定地、俺は荒れた草地に寝転がって、
皺になった紙片を陽にかざしては意味も無く裏にしたり表にしたりしてみる。
穏やかな陽射しとは裏腹に、頬を撫でる風はまだひんやりと冷たい。

自分の恋愛もままならないとゆーのに
他人の恋路にお節介を焼く自分が、ますますバカに思えてくる。


- 続 -
     .


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