「ハイ、今の作業中止。注目。」

僕の掛け声で、フロア中の人員の視線が僕に集まった。
人員の半分は正社員、残り半分は下請け会社の派遣社員。
それぞれが5人つづで10名、
このフロアには僕を入れて計11名のスタッフが常時詰めている。

正社員と下請けは机を寄せた2つの島に分かれ、
それぞれが変額年金ファンド管理システムの別機能を担当している。
社員側が保険基準価格算出機能担当、
下請け側が投資信託発注管理機能担当。

そして本番ジョブを流す度に障害を起こすのは必ず社員側と決まっていた。
下請けの5名は「またか」という冷めた視線で僕達を眺めている。

「ああ、『S&I』の皆さんは結構です。通常業務を続けて下さい。」

当然だと言わんばかりに頷いて、下請けチームはそれぞれの端末へと視線を戻した。
彼らは正社員の僕達をバカだと思っている。
そして実際その通りだった。
仕様自体はややっこしいにしろ、大枠は既にあるシステムだ。
出力物のレイアウトを変更する程度の仕様変更は、
プログラミングというよりは単なる事務手続きで終わる。
なのに何故毎月月末に本番ジョブを流すたびに
ホストサーバをダウンさせるような大事に至るのか。
僕が聞きたいくらいだ。

「さて皆さん。毎月恒例のトラブル対応です。」
「嫌味はいいスよ。」
「嫌味だと分かる程度の認識能力はあるんだな。」

僕の不遜な言葉に、暴走族上がりの新田が目をむいた。
彼を怒らせても仕方がないのは分かっている。
分かっているが自分でもどうしようもないくらいに、僕も苛立っていた。

「お言葉ですけどね課長代理補佐。」
「僕をその肩書きで呼ぶなと言っただろう!!。」
「だってアンタ、課長代理補佐だろ?!。」
「名前で呼べと前から言ってるじゃないか!。
その能無し振りをそのまま呼称にした肩書きで僕を呼んでキミは満足か?!。」

さっきから人差し指に髪を巻きつけたりして傍観者を決め込んでいた園部が、
僕の言葉に、ブッ、と吹き出して笑った。

「笑い事じゃないぞ!。」
「すいませ〜ん。」

本当に、笑い事じゃない。
胃のあたりが痛み始めていた。
しかし部下の前で腹を抱えてうずくまるわけにもいかず、
僕は自分のこめかみを揉みながらなんとか言葉をひねり出した。

「先月までの轍を踏まないように、今回は特に念入りに準備したハズだ。
進捗管理とテストは二人組みでチェックし合い、テスト結果は僕が逐一確認した。
入力値を想定してテストデータを作り、先週にはシュミレーションを流した。
たかだか帳票のレイアウトを変更するだけの仕様変更に、
僕達はバカみたいな労力を費やして準備した。
なのに、何故だ?、何故同じ事が起こる?。」

「あの・・。わたしだと思います。」

末席の女子社員が、消え入りそうな声で答えた。
岸理恵。
そう、彼女だ。彼女がトラブルの元凶だとは分かっている。
今までも全てが彼女であり、彼女以外だった試しは無い。
誰のせいかはもう十二分に分かっている。

「岸クン、僕が知りたいのは『何故』だ。」

「まだ彼女のせいって決まってないだろ!。」
「キミ、本気でそう思ってるのか?。」
「課長補佐!!・・じゃなかったええと。」
「ええと?。」
「なんでしたっけ。名前。」

またしても園部がブッと吹き出した。
胃が痛む僕の想いとは裏腹に、彼女にとってこの状況は
僕と新田の掛け合い漫才としか認識されていないのだろう。

「・・井野。」
「井野サン・・で、いいんスか?。」
「なんでもいいから早く続きを述べてくれ。」
「つまり!。調べる前から誰のせいとか決める態度は良くないと自分は思いマス。」
「なら僕の態度が悪いという事で構わない。」
「課長補佐!!・・じゃなかったええと。」
「井野サン。」
園部が笑いながら助け舟を出した。
全くバカバカしい。
バカバカしいとしか言いようが無い。

「毎月納期に遅れる僕達に、本社は業を煮やしている。
今月からは、今までみたいに僕が頼み込んで
納期を伸ばしてもらうわけにはいかなくなった。」
「え。」
「明日午後3時に本社が予約したバイク便が出力データと帳票を取りに来る。」
「え!。」
「その時に渡すものを渡せなかったらどうなると思う。」
「どうなるんスか。」
「納期に遅れた事実が、バイク便という他社の記録に残る。
記録が、内部で改ざん不可能なデータとして残るわけだ。
データは資料として役員会に提出され、この部署は吊るし上げの的となる。」
「それってつまり・・。」

何故今まで電算部の納期遅れが本社に見過ごされて来たか。必要ないからだ。

半年も前に、本社飼いの下請けがここと同じシステムを試験的に作成している。
つい先月、本社側は下請けシステムの信頼性を測るため、
電算部のアウトプットと下請けのそれを比較した。
その結果、恐るべき事実が判明した。
バグが潜んでいたのは電算部側のシステムだった。

「つまり、ココを潰す為に本社が動き出したということだ。」
「・・俺らどうなるんでしょうね。」
「そうだな、バカみたいな肩書きの僕は晴れてこの呼称から解放されて、
本社の暇な部署に左遷されて一件落着か。」
「バカみたいな肩書きも無い俺らは?。」
「さあね。あまりいい結末は思い付かないな。」
リストラ対象者名簿の筆頭に名を連ねるだろうとはさすがに言いかねた。

末席の岸がぐすぐすと泣き始めた。
キミのせいで皆がクビになるんだと言うつもりはなかったが、
話の流れからすると、僕はそう言った事になる。

園部がふと岸に寄り添って、子供をあやすみたいに彼女の肩を抱いた。

「気にすることないわよう。岸ちゃん。
こんな会社いつクビになったって、次探せばイイダケじゃん。
そうだ、アタシと一緒に就職活動しよっか。」

「・・クビにならないよう目の前のトラブルに対処しようとは思いませんか。」
「まあ、それも一案だけど。どうする、岸ちゃん。アンタ決めていいよ。」

こんないい加減な会話で僕自身の将来も決まるのだろうかと思うと眩暈がした。
今は新田も口を噤んでいる。
彼は歳こそ若いが妻帯者で子持ち、その上に家のローンを抱えている。
「次探せばイイダケ」の女性陣とは立ち位置が違う。
そして本社チームの残り二名、山田、後藤は始めから押し黙ったままだ。
彼らは下請け社員達と似たような雰囲気を身にまとっている。
本来の業務以外では無駄な体力を一切使わない主義の彼らは、
ある意味社会人の鑑なのだろうか。

「・・あの。」

蚊の鳴くような声で岸が囁いた。

「わたし、先週のテストが無事終わって安心して、嬉しくなって、
それで、ようやくちゃんと出来たコードを綺麗にしようと思って、
テストの後に行を揃えたから・・」
「続けて。」
「そのときに・・何か余計な事をしてしまったのかもしれませんっ!。」

途切れがちな言葉の後には号泣が始まった。

「何か余計な事」とは何か。
問いかけるつもりでふと新田に振り向くと、新田も僕を見つめていた。
彼も僕と同じ疑問を抱いたのだろう。新田と気持ちが通じたのは今が初めてだ。
しかし答えが見つからなければ意味が無い。

渋い顔のまま固まった僕ら男性陣とは対照的に、
岸の肩を抱いた園部はしたり顔で何度も頷いた。

「あ〜、岸ちゃん。もしかして半角入れたつもりで全角ブランク入れちゃったんじゃん?、
見て分かんないもんね全角。それは仕方ないって。」

仕方ないわけがない。

怒りとバカバカしさが相まって、脳天を鈍器で殴られたかの如くに頭が痛んだ。
誰にともなく怒鳴りたい心境だが、今怒鳴ったら僕は自分の声で気が遠くなって倒れるだろう。
僕は震える声でなんとか端的な指示のみを告げた。

「岸、その線で今月中にキミが差し替えた全コードを見直せ。
園部、岸を手伝って。」
「はーい。」

「俺も手伝います。」
「キミはいい。」
「お言葉ですが課長補佐・・じゃなかったええと」
「コード自体を外部入力とみなしコメント以外の全角ブランクを検出するモジュールを書けるか、新田。」
「ええと・・。PL/1って文字列操作ムズカシイんスよね。」
「バイナリで比較すればいいだろう?。」
「あ。そっか。」
「それをヘッダのマクロに埋め込む。」
「なるほど!。自動検出ってワケか。二重の防壁スね!。」

新田はしたり顔で腕を組むと、なるほど、と、何度も頷いた。
ただの全角ブランク検出にすら二重の防壁を張らざるを得ないという
僕達の能無し振りを、呪いたい気分になるのは僕だけらしい。

「午前中に各自担当分を終えろ。更新モジュールは昼前に提出。
チェックを入れた後、僕が差し替える。
本番ジョブの再試行は明日朝。上手くいけば午後3時には提出物が揃う。」
「で、俺らのクビもつながるんスかね。」

運良くつながったにしても、今すぐには切られないという程度の
薄皮一枚のつながり具合であることに変わりはない。

「各自作業に取りかかれ。以上。」



- 続 -
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