八戒の語り最後。続きです。





「・・とまあこんな感じで。」

大してやりがいがありそうでも無かった悪役3人トリオは見当通りに手応えは無く、
戦闘開始3分後には僕の前に倒れて折り重なっていた。

一応外に出ましょうよと提案したのだが、
聞かずに向こうから突っ込んできたのだから仕方ない。
できるだけその辺を壊さないように配慮はしたが、
太り過ぎなのをよけてかわして叩き付けた際には
壁にかかった額縁が衝撃で落ちて壊れてしまった。
多少の後悔を感じないでもない。

「すげえな。」
いつの間にサンドイッチと焼きソバを片付け終えたらしい悟空が、
肉まんを頬張りながらもごもごと話した。
「悟空でも楽勝でしょう?。」
「ん。だけどオレやったら店中壊しちゃう。」
「その辺は気をつけてみました。気づいてもらえると嬉しいですね。」

和みが入ってきた僕達の視線の隅で
トリオはのろのろと起き上がると、
「覚えてろ」と正しい悪役の捨て台詞を残しては退散を始めた。

その際に、太り過ぎでも痩せ過ぎでもない普通なのが
彼女の背後を通り過ぎる際に不自然に屈んだのを、
僕も悟空も見逃してはいなかった。

「動くなっ!。」
「母ちゃん!。」
「止めてっ!。」
何種類かの声が重なった。

男は彼女の太腿に縋り付いていた小さな子供をひっつかんでは
僕に見せ付けるようにポケットから小さなナイフを取り出して突きつけた。
子供を取り返そうと男に手を伸ばした彼女は男に蹴り倒された。

人質を取って優位に立ったと思ったのだろうか。
痩せ過ぎなのが余裕すら感じさせる足取りで僕の前に立つと、
僕の胸倉を掴んでは引き寄せた。、
男は僕の鼻先で汚れた歯を剥き出して笑った。

胸倉を掴まれたまま、僕は悟空と視線で話した。
(いーよね?。)
(ええ。お願いします。)

悟空が嬉しそうにニッ、と笑ったその直後、
僕は目の前の痩せ過ぎに横っ面を張られて背後の壁に背を打ち付けた。
まあここは派手に転んでおくのが正解だ。
大袈裟に倒れた僕に視線が集まった隙を突いて、
悟空がナイフを手にした男の元へ軽々と跳躍した。

「オマエ、きたないぞ。」
「へ?。」
見た目は人質の子供とさほど変わりのない悟空の外見に
油断してスキだらけの男の手首を、
悟空が目にも止まらぬ早業で蹴り上げた。
男の手に握られていた小さいナイフが宙を飛び、
カラン、と乾いた音をたてて床に落ちた。

「野郎!。」
手負いの3人が悟空に一斉に襲いかかったが、
まああの程度の相手なら悟空には何の問題もないだろう。
心配があるとすればむしろ彼らの方だ。

素直に僕にヤられておけば良かったものを、
眠れる獅子を起こした責任は引き受けてもらう。



お決まりの乱闘劇の後。

今度は捨て台詞も無く悪者トリオはよろよろと店を出た。
命があっただけでも幸運だ。
悟空の圧倒的強さに怯えたのか客までもが逃げ出して、
後には僕と悟空と彼女と子供、そして静寂だけが残った。

涙ぐんで幼い息子を抱き寄せた彼女に、
僕はかけるべき言葉も無かった。

「それじゃ僕たちはこれで」なんて口ごもって
その場を去ろうとした僕の背を、彼女が呼び止めた。

「待ちなさいよ!」
彼女は手繰り寄せたバッグから取り出した手の平サイズの黒い物体を
振り向いた僕に投げつけた。
僕が胸元で受け止めたそれは、見覚えのある悟浄の財布だった。

「中身には手を付けてないから。」
「・・あの。必要だったらこれは。彼ももう諦めてと思いますし。」
事情がありそうな彼女から再度取り上げるのもなんなような気がして、
今受け止めたものを差し出した僕に、彼女はそっぽを向いた。

「いいな、って思ったのよ。」
「はい?。」
「彼のこと、ほんとに、ちょっといいな、って思ったの。
だから返すわよバカ。」

ああもう。

そういう事だ。
つまりは彼女も、結構本気なのかもしれない。

頭痛がして僕は思わずこめかみを押さえた。
これは明らかに想像以上の災難だ。

小悪魔はとんだ疫病神だった。
普通に考えても僕と彼女というなら世界中の男が彼女を選ぶ。
ただでさえ女に弱い彼なら敢えて確認するまでもない。

「だけどアンタの言う通りよ。アタシは商売女だし。」

そしてそんな風に伏目がちに悲しい表情を見せつけられたら。
おまけに繰り返すが身長差15センチの上方から彼女を見下ろす僕の目には
下半分しか隠れてない胸元の谷間がくっきりと・・。
「それにアタシ、彼に子持ちだって隠してた。」

「あの、彼、そういう事気にしませんから。」
「え?」
少し驚いたように僕を見上げる彼女の潤んだ瞳は、正直に告白するなら、魅力的だった。
だけど譲るわけにはいかない。

「商売がどうとか子供がいるとかいないとか、彼はきっとそういう事、気にしません。
僕としては多少は気にすべきだと思うんですけど。」
「・・そうなの?」
「ええ。それに僕からは何も教える気はありませんし。
あと、コレは部屋を掃除した際に見つけたことにでもしておきます。
彼、ベッドを共にした女性に持ってかれたとは思ってないかもしれませんから。」
僕は悟浄の財布を彼女の目の前で軽く振った。

「でも忘れないで下さい。僕は引きませんよ。」

その辺ははっきりしておく。

言い切った僕に彼女は視線を強めた。
しばし無言で僕と睨み合った後に、彼女は吹き出して笑った。
「アタシとアンタ、ライバルってわけ?」
「かなり不本意ですけど。」
彼女はクスクス笑いながら、驚いたことに僕に手を差し出した。
「小麗よ。」
彼女の名前らしい。

差し出された白い手の前で、僕は小さく両手を挙げて肩をすくめた。
「お断りします。敵と手を組むほど僕心広くないんで。」
「まっ!!。」
「正直なところ、こんなに分が悪い勝負には我ながら嫌気が差してるんです。それに・・」
「それに?」
「実際、世界の人口の半分はライバルなんですよ。」
首を傾げた彼女の愛らしい表情は、僕へのダメージを上乗せした。

「彼、本当に女性に弱いんです。」
花が咲いたように彼女は明るく笑った。
こんな笑顔の女性に勝てる男なんてどこにも存在しないだろう。

それじゃまあ、と曖昧に笑って、僕は彼女に背を向けて歩き出した。
災難なんてもんじゃない。
彼女が本気だとしたら、本当の災難はおそらくこれからなのだ。

僕を追って駆け寄った悟空が、不安気に口を開いた。
「八戒、何か元気ない?」
「そうですね・・。善後策も思いつきません。」

ブツブツ話し出した僕達の背中には
彼女の最後の叫びが届いた。

「早く悟浄んちから出てけー!。」

僕は歩きながらがっくりと肩を落とした。



あんなのに勝つ手段があるだろうか。
僕に一体何ができるだろう。
既に日が傾きはじめた街頭に歩を進めながら、僕は思いを巡らせた。

「やっぱりテクニックに依存するしか・・」
「てくにっく?」
しまった。
僕としたことが隣の存在を忘れていた。
「わ!。イヤそれはこっちのハナシで。」

「てくにっくにいぞんするの?」
・・分かっているのだろうか。
いずれにしろ口に出してしまった内容は取り消せない。

「他にセールスポイントも思いつきませんしね。」
「大変だね。」
「ええ本当に。」

悟空は何をどう理解したのだろうか。
こんな会話が三蔵に知れたら、
疑いの余地無く僕は撃ち殺されるだろう。


- 続 -
 


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