八戒の語りで。続きです。





「アンタ、悟浄と暮らしてるだけじゃなくって、つきあってるってホント?」

僕と悟空を従えて入ったこじんまりとした茶屋の店内、
彼女は入り口近くの席に勝手に腰掛けると、
僕と悟空が座り終える前にいきなり切り出した。

「ええと。」
敵意丸出しの彼女の対面に僕、僕の隣に悟空。
僕達は教師に呼び出された子供とその保護者のように
身を小さくして彼女の前に座った。
「で、どうなのよ。ハッキリ言いなさいよ。」

何で初対面の彼女に問い詰められなければいけないのかという不条理さ以前に、
この場に悟空が居る事のマズさを僕は噛み締めていた。

「とりあえず何か注文しましようか。」
「私の質問に答えて。」
「悟空、好きなもの好きなだけ注文して下さい。」
「いいの!?。」
「ええもうどんどん。
何も見えない聞こえないくらいに食べててもらえれば。」

僕の台詞に不審がる様子もなく、
悟空は元気良くオーダーに店員を呼んだ。
細かい点に突っ込まないのが彼のいいところだ。

僕達を見据えて彼女がうんざりしたように脚を組み替えたその時、
また太腿の薄くて短い布切れの奥までが見通せてしまった。
念を押すようだが僕は好きで見てるわけじゃない。
とにもかくにも僕のペースは崩されまくりだ。
一応、白だった事は付け加えておく。


「ご注文は?。」
オーダーを取りに来た若いお姉さんに、
悟空はメニュー片手に、片っ端から注文を始めた。
いい傾向だ。
「あ、僕は烏龍茶。できればホットで。」
「ちょっと!」
しびれを切らしたのか、彼女は白い手の平でテーブルを勢い良く叩いた。
それから信じられない事に、彼女は店中に響き渡る大声で僕に怒鳴った。

「アンタ男のくせに悟浄とヤってんのかどうかって私は聞いてんのよ!。」

瞬間、辺りは静まり返り、店中の視線が僕に集まった。
オーダーをメモしていた若いお姉さんは僕の隣で固まった。
不穏な雰囲気に気付いて僕を見上げた悟空の視線は解説を要求していたが、
僕に言葉を選ぶ余裕なんてない。

「返事が無いって事はそういう事よね。」
彼女は再度脚を組み替えては、テーブルに身を乗り出して僕を見つめた。
ちなみにまたしても、白だ。
まあ色が変わるわけもない。
そしてもはやそんな事はものすごくどうでもいい。


「最近悟浄ったらすごく付き合い悪くって。
一体誰に咥え込まれてるんだろうって思ってたけど、それが男だったとはね。」
店中の視線を一身に集めたまま僕は硬直した。

最悪だ。
穴があったら入りたい。

イヤ結構だ。
大体僕は穴とは相性が悪い。
違う。そうじゃなくて。

できることならこの場で手榴弾のピンを引き抜いて自爆したい。
目の前の妖精の顔をした悪魔は道連れにする。

「彼と、別れて。」
彼女はウェーブの効いた栗色の髪を
フンっ、と片手でかき流した。
「そんで悟浄んちから出てって。迷惑なのよアンタ。」

眩暈がした。
おそらく、彼が僕に何度も言いあぐねた言葉、
あの三蔵すらも呑み込んだその決定打を
何故見ず知らずの小悪魔に突きつけられなければならないのか。
僕の中で何かが壊れた。

僕は深く息を吸うと、テーブルの上で両手を組んだ。
魅惑的欲情のラインで攪乱されるのもここまでだ。

「あなたからのお話は以上ですか。」
「な、何よ急に。」
「じゃあ次は僕から提案します。」
「アンタ目据わってきたわよ。」
「悟浄の財布、返してもらえませんか。」
「な、なんで・・何でアンタが知ってんのよ!」

彼女の動揺が僕のハッタリを裏付けた。

「悟浄が言ったの?、彼、気付いてたの?」
「彼は何も言いません。実は僕も、確証は無かったんですけど。」
「ちょっと!。どういう事!」
「最近、彼、朝帰りしましてね。」
僕はペースを取り戻していた。
今の僕に、もう引く気は無い。

「その朝以降、彼、小銭をズボンのポケットに入れてるんです。
洗濯しようと思うとジャラジャラ出てくるんですよ。
おまけにこっそりヘソクリにも手を付け始めましたし。」
僕を睨みつける吊り気味の可愛い瞳に、僕は柔らかく微笑んで続けた。

「朝帰りした日の彼はあなたと同じ甘い匂いがしました。
つまり、そういう安っぽい香水の香りです。」

「何も証拠は無いんじゃない!!」
「ええ。そう言ったでしょう?。だから誘導尋問を仕掛けました。
あなたはあっけないほど簡単に白状してくれました。」
「最低ね!!」
果敢にも僕に平手打ちでも喰らわすつもりだったのだろうか。
身を乗り出して振り下ろされた彼女の華奢な腕を
僕は指先で止めた。

「最低なのはあなたの方だ。あなた、『プロ』ですね?」
さすがに売春婦という単語は自粛した。
「職業に貴賎はないとは思います。
だけど、好きな男の財布に手を出すはずなんかない。
あなたは仕事として彼を口説いたんですね?。」

彼女は僕の手を振り払うと、噛み付きそうな目で僕を睨んだ。
「僕は彼が可哀想だと思う。
彼があなたを抱いたんなら、彼は少なからずあなたに惹かれてたんです。
だけどあなたには仕事だった。」
「アンタに何が分かんのよ!!。」

確かに分からない。
僕には女性の思考回路は理解できない。
愛情を偽っても手に入れなければならないものなんてあるんだろうか。


「今後、僕と彼にはかかわらないで下さい。」

あとは何も話すことは無かった。
帰ろうと悟空を呼ぶつもりで気付いたが、
テーブルはいつのまに悟空がオーダーした皿で埋め尽くされており、
悟空はといえばサンドイッチ片手に焼きそばをかき込んでいた。
「用事、終わり?」
「ええ。帰りましょう。」


その時だった。
立ち上がった僕の視線の先、茶屋の正面入り口から、
小さな人影が転がるように店内に走りこんだ。

それは年端のいかない、悟空よりも幼い男の子だった。
男の子は僕の目の前の小悪魔に体当たりしては抱きついた。
「母ちゃん!。」
「バカ!。家で待ってなって言ったろ。」
「だって・・」

正直、驚いた。
ハタチそこそこに見えた彼女が母親だったとは。

彼女に抱きつきながら、子供は怯えたように
今自分が走り来た方向を見つめた。
茶屋の入り口からは人相の悪い男が3人、
薄ら笑いを浮かべながらこちらへ歩み寄ってくるところだった。

男達の外見は、太り過ぎなのと痩せ過ぎなのと普通なのとで、トリオの漫才師もどきだ。
普通なのが先に口を開いた。
「こんなとこに居やがった。」

3人は彼女を囲んでは絡み始めた。
絵に描いたような悪役だ。
「期限何日過ぎてるか覚えてる?、ねえちゃん。」
「借金なら返したでしょう!。」
「利子はまだ貰ってねえな。」
「そ。ソイツ払えなかったら俺らの店で働くってアンタ証文書いてんだよ。」
「まあヤる事は同じなんだからさ。ちょっと上前渡してくれりゃいいだけで。」
「返したって言ってんでしょ!。なんで借りた金の10倍も利子つくのよ!
アタシがバカだと思って良く分かんない利息計算しやがって!。」
「文句あんのかよこの売女が!。」

痩せ過ぎの男が彼女の胸倉を掴んだ。
小さな男の子は怯えて彼女の太腿にすがりついたまま声も出せないでいる。
何故にこうも精神衛生上良くないシチュエーションがたて続くのか。

「あの。」
彼女の対面の僕に初めて気付いたかのように、トリオが僕に振り向いた。
おまけに成り行きに息を潜めていた店内の視線まで僕に集まった。
今日は目立ちまくりだ。厄日なんだろうか。

「なんか文句あんの、おにーちゃん。」
「彼女、僕と話してるんです。貴方達出て行ってくれませんか。」
「なんだあ!。お前コイツの男か?!」
「そんなわけないでしょう!。」
「そんなわけないでしょう!。」
二人の声が完璧に重なったのでトリオは一瞬ひるんだ。
僕と彼女は「アンタなんかご免だ」という共通の思惑の元に、瞬間睨み合った。

「この女はな、俺達に借金があるんだよ!。」
「返したって言ってるじゃないですか彼女。
利息計算なら僕がやり直してあげましょうか。利率と貸借期間は?」
「やかましいんだよ野郎!。」

トリオは彼女を突き飛ばして僕に詰め寄った。
ああもううんざりするくらいシンプルな悪役だ。

「はっかい、てつらふ?」
口いっぱいに焼きソバを頬張りながら、悟空が僕にたずねた。
手伝う?、と聞いてくれたらしい。
「いえ、大丈夫です。
むしろ身体動かしたい気分なんで任せてもらえますか?。」


身体を売るくらいだから、彼女が結婚してるとは思えない。
若い女性がひとりで子供を育てるというのは、おそらく大変な事なのだろう。
もしかして、愛情を偽っても手に入れなければならないものは存在するのかもしれない。
だけど机上の理想論と笑われようが、僕はどうしてもそういうのを認めたくない。
認められないのは、僕が単に青いという事だろうか。
分からなかった。

釈然としない想いだけが蓄積する。
とりあえず全身運動ででも発散しておくべきか。

目の前の悪役達には運が悪かったと諦めてもらおう。


- 続 -
 


Return to Local Top
Return to Top