八戒の語りで。前回に続いてます。




「なあ、何作ってくれんの?」
「悟空の好きなもの何でも。」
「ほんと?!。」
「ええ。僕わりと何でもイケますから。
カレーでも焼きそばでも青椒肉絲でもボルシチでも。何にします?。」
「マジでっ?!」

寺からの帰り道、僕は悟浄ではなく悟空と肩を並べていた。
並べると言っても悟空の肩は僕の胸くらいなわけだけど。

結局あれからどうなったかというと。

僕と悟浄は自主的に寺を訪れたにもかかわらず、
寺に着くなり僧侶の集団に木刀を突きつけられて奥の間に連行された。
赤や紫といった派手な法衣の老僧がムズカシイ顔で見守る中、
その中でもひときわいかつい表情のご老体に、悟浄は罪状を述べ立てられた。

彼は「その辺叩いて坊主蹴散らしただけ」と言ったはずだったが、
どうやら壁やら扉やら装飾物やらをことごとく破壊した上、
見習い僧8人に重軽傷を負わせたらしい。

ほんとにそんなことしたんですか、と小声で彼に問いかけたが、
「考え事してたから実は良く覚えてねえ」そうで、一向に埒があかない。
まあ彼が暴れたんならその位の事にはなるだろう。

『禁固1年』。
そう刑が言い渡された時、
腕を組んでは傍観を決め込んでいた三蔵が、ゆっくりと口を開いた。
「それはそうと例の暴徒の件だが・・」

寺には悟浄の件以外にも懸案があったらしい。

どうやら三蔵の話によると、近くの村で妖怪のフリをした暴徒の集団が
村に居座って悪事を働いているらしく、
その件で三蔵は村に赴く事を要請されていたらしい。
「俺の代わりにコイツ行かせろ。そんでチャラにしてやれ。」

「野郎!。お前自分行くのめんどくさいから俺に働かせる気だな!。」
「悪いか。」
「いいじゃないですか僕達で行きましょうよ。禁固1年よりマシですって。」
「なんか気にくわねえ!」

助け舟を出してもらったにもかかわらず悟浄は暴れだすし、
正僧正だか権僧正だかのお偉い僧も「罰は罰として与えねば」とお堅い事を言うしで、
せっかくの取りなしも無駄になるかと思われた。

最後に三蔵が面倒そうに呟いた。
「ま、俺はコイツが禁固10年でも一向に構わねえ。
壁蹴破るようなヤツが牢蹴破るのは造作無いだろうがな。
コイツ1年閉じ込めておくのにあと何十人かが好きで怪我すれば済む事だ。」

三蔵の言葉で場の空気は変わった。
お偉い僧達は無駄に咳払いなんかを始めて視線で語り合い、
結局悟浄には「情状酌量の余地アリ」と判断が下された。

「村の暴徒を鎮圧すべし。
行いがまっとうされれば、改心したと見做し処罰は無きものとする。」

要するに『向こうの村の悪いヤツをやっつけてくればこっちは無かった事にしてやる』といった、
まあ双方に都合のいい結審でケリがついた。


当然僕も一緒に村まで行くつもりだったけれど、
「助けなんかいるか!」
と彼は怒鳴り散らしながらひとりで寺を後にした。
無理に付き添ってこれ以上怒らせるとまた辺りを破壊しかねなかったので、
僕は黙って彼を見送った。

独りで帰ろうとした僕に三蔵は
「暇だろ。煩いの貸し出してやる。」
と捨て台詞を吐いて自室へと消えた。

三蔵と入れ違いに部屋から飛び出してきた悟空は、目を輝かせて僕に問いかけた。
「何かうまいもん作ってくれるってホント?。」



とまあそんな成り行きで僕は悟空と街に戻る事になった。

寺からの帰り道、悟空とのとりとめない会話の合間に、
『煩いの貸し出してやる』なんて言い捨てた三蔵の真意を僕は推し量ってみたりする。
僕は何というのか未だ少々不安定で、
独りになるとロクな事を考えないあたりをあの人は見抜いていて、
それで悟空を同伴させてくれたのかもしれない。

が、実はそれは単なる僕の深読みで、
もしかすると本当に煩くてたまらないから束の間悟空を僕に押し付けたのかもしれず、
その辺は正直読みきれない。

あの人は分からない。

分からないけれど、きっと彼はいろんなことを考えている。
美麗で冷たいあの外見とは裏腹に。
僕は、そう思う。


「やっぱりカレー!。」
「いいですよ?。」
「あっ・・でもやっぱ、焼きソバ・・」
「いいですよ?。」
「ああっ・・でもやっぱ、中華マン・・」
延々とこんな会話を繰り返すうちに、僕達は峠を越えて街の喧騒に辿り着いていた。

「いっその事、全部作ってみましょうか。」
返事がない。と、脇を見ても悟空がいない。
振り返ると、遥か後方に頭を抱えたままうずくまる小さな人影が目に入った。
(・・そこまで悩まなくても。)

「悟空?」
大声で呼びかけた僕に気付いたらしく、
悟空はふと顔を上げると一直線に駆けてきた。
あの放任主義の三蔵の元で、なんと素直に成長している事か。
感動をこめて、走り寄る悟空の姿を見守る僕の背に、
ふと棘のある女の声が突き刺さった。

「ようやく見つけたわ。あなたが悟浄の同居人?。」

声の主に振り向いて、僕は思わず息を呑んだ。

僕のすぐ後ろで、相手を威嚇するかのように腰に手を当て僕を見上げる女性を
なんと形容すればいいのだろう。

きっと彼なら
『激キュートなグラマー』
とか
『もおすぐに食べちゃいたいスィートなハニー』
とかなんとか言うに違いない。
小さな顔にキツ目のウェーブが効いた肩口までの栗色の髪。
年の頃はハタチ前後だろうか、
スリップ状の小さなミニのワンピースの胸元は、豊満なそのバストを下半分しか隠せていない。

それをすぐ正面からプラス15センチの身長で見下ろす僕からすれば、
もはやほとんど裸とも言える。

どういうわけか(は何となくもう想像はつくのだけれど)
怒りを込めて僕を見上げるその視線と対峙しながら、
目のやり場も無く硬直した僕の背中に、
走りよって急には止まれない悟空が体当たりした。

「わっ!。」
「うわ!。ワリいっ!。」

思わぬ不意打ちで僕は前につんのめった。
そのままムチムチプリン括弧死語を抱きしめるわけにいかないと
咄嗟にはたらく思惑はオトコの本能の裏返しなんだろうか。

無理に身体をひねって初対面の彼女の肩を掠め
路上に倒れこんだ僕の上に、悟空は馬乗りになってようやく止まった。
「八戒、ワリっ!。」
「だ大丈夫です。」
「ゴメンなっ。」
「いえ。問題ないです。・・でも、とりあえず降りてもらえますか。」
「あ!。ゴメンっ!。」

冴えないコントのような僕達のやりとりを、彼女は呆れ顔で見下ろした。
「アンタ達、バカ?。」
「あなたこそ、僕に何の用ですか。」

おおよその想像はついているわけだけど、
一応そう言って起き上がろうとした僕は、再度硬直した。
ミニのワンピースの裾にはスリットが入っていて艶かしい太腿があらわなのはまだしも、
寝転んだこの位置からはスカートの中までが完全に視覚の内だ。
それを知ってか知らずか(いや知らないハズはない)、
彼女は仁王立ちのまま僕を睨みつけている。

一体僕に何をしろと?!。

「八戒、どうした?。」
悟空の問いかけが僕の金縛りを解いた。

そんな僕を軽蔑するかのように、彼女はフン、と鼻息を荒くした。
「アンタに話があんのよ。ついて来て。」


悟浄の名を口にする女性が僕に用事があるという事はおそらくそういう話なわけで、
それはもうあの挑戦的な態度からも明らかだ。
だったらもはや聞くにも及ばないわけだけど、
蛇に睨まれた蛙よろしく僕は立ち上がって身体の砂を払うと、
彼女の形のいいヒップを追った。
この場で逃げ出したところで、いずれまたつかまるのだろうから。

僕の立場は、かなり悪い。
出会い頭から完全に貫禄負けだ。
しかしそもそもが反則とも言える。
大体、半裸の女性に勝てる男がこの世にいるだろうか。

駆け寄った悟空が不思議そうに首を傾げて僕を見上げた。
「すいません。用事が入っちゃったみたいで。」
「何の用?」
「修羅場ってヤツですかね。俗に言う。」
「しゅらば?」
「ええもうげんなりです。」
「なんかマズそうだな。」
「ええ。おそらく食えたもんじゃないでしょう。」
「げー。」

つまらないことをブツブツ話しながらマーメイドラインの後ろに従う、
親子とも兄弟ともつかない僕達。

これ以上シまらない構図があるだろうか。


- 続 -



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