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     そんなこんなで俺はハニーんちの前に来ていた。
     
     正確に言えば、ハニーんちの高層マンション入り口の一本手前の通りで
     角の生垣に半身を隠しながら最上階を見上げているという、ストーカーまがいの有様だ。
     
     来たのはいいが、俺は困っていた。
     
     戒而に会うつもりで出向いて来たわけだが、
     元相棒が話した二人連れが戒而と悟一だという確証は無い。
     それにもはや他人様の家を訪問するには遅すぎる時間だった。
     やっぱり出直して来るべきだったろーか。
     
     と、ふと俺の視界の先でエントランスの自動ドアが開き、複数の人影が姿を現した。
     良く知ったヤツらを、俺が見紛うハズもない。
     ハニー。
     悟一。
     そして戒而。
     
     (クソ〜、戒而。)
     
     一体どのヘンが「クソ〜」なのかはともかく、
     俺は一軒先の生垣に半分隠れていたせいで、かえって出づらくなっていた。
     今出たら確実にストーカー行為と見なされる。間違いない。
     
     生垣の角で出たり隠れたりする俺に、野生動物めいた勘の悟一が気付いた。
     残る2人は俺を見つける事もなく、別方向に足を進める気配だ。
     悟一だけが俺と視線を合わせ、立ち止まっては不審気に首を傾げた。
     
     (サル!。ちょっと来い!。)
     
     俺は身振りでサルを手招きし、あとは生垣の裏に張り付くように隠れた。
     
     サルは果たして来るだろーか。来なくてもあんまし構わないが、
     もし万が一残りの2人を引き連れてやって来たりしたら、
     俺はますます一層怪しいヤツだと思われかねない。
     ・・ああもうやっぱ呼ぶんじゃなかった。
     
     「悪ィ!。」
     
     俺の前に姿を表すなり、悟一がそう叫んだ。
     単身で走ってきたらしい。不幸中の幸いと言うべきか。
     
     「悪ィ!。お前んちにあった宗蔵の絵・・」
     「叫ぶなバカ!。しーっ!!。」
     「宗蔵の絵に!・・」
     「声デカい!!。ちょっと来い!。」
     
     俺は不本意ながら子猿の手を引いて、
     良く知らない住宅街の裏通りを小走りに駆けた。
     
     「宗蔵の絵にココアこぼしたのオレなんだ。」
     「『オレなんだ』ってお前以外に誰がいるよバカ。」
     「まだ読んでないの?。」
     
     俺が悟一の手を引いてデタラメに住宅街を駆けた先には、家一軒程度の拓けた場所が現れた。
     きっと公園と呼ばれているに違いないその場所は、
     ただの広場というくらいのスペースが空いているだけだ。
     土地が高いこのへんはそれくらいが精一杯なんだろう。
     空き地じゃなくて公園だと証明する為のよーなブランコが2機、申し訳程度に設置されている。
     
     俺はひっつかんだままだった悟一の手を放し、空き地に踏み込んだ。
     何気なく手前のブランコの鎖をつかんだついでに腰も降ろしてみる。
     尻の位置が低すぎて座り心地がいいとは言いかねる。
     いつの間に悟一も俺の隣のブランコに座り、鉄の鎖を前後に揺らしていた。
     
     「読んでないって何を。」
     「戒ちゃん書置きしたってゆってたから。」
     「え。」
     「だからオレがやったって言うなって言われたんだけど、でも、やっぱ。」
     
     戒而なりの筋書きがあったらしい。。
     怒りにまかせて部屋を飛び出す前にもう少しちゃんと見回すんだったとか思っても、今更あとの祭りだ。
     
     なんだかなあなんて思いつつ見上げた夜の空は、空全体が薄明かりに満ちていた。
     月明かりというのでもないぼんやりとした薄い光だ。
     空一面のスモッグが地上の灯りを反射してるのかもしれない。
     見渡す限り、月も星も探せない。
     ・・あ、すごく遠くの空のゴミみたいなのは、もしかしたら星なんだろうか。
     
     「マジ、ごめん。」
     「いーよもう。」
     「怒ってねーの?。」
     「怒ってるけどさ。お前殴ってもどうにもなんねーし。」
     
     本音を言えば、ついさっきまでは殴り倒すつもりだった。
     だけど確かに、悟一を殴ってもどうにもならない。
     それに今や問題はそれだけじゃなくなっていた。
     
     「なんで戒而がおまえんとこ居んの。」
     「オレが連れて来たから。」
     「なんで。」
     
     「オレ、戒ちゃんが好きだ。」
     
     俺は思わずがっくりとうな垂れた。
     
     その話は昔の相棒を介して聞いていたわけだが、
     それにつけても本人に直接語られるとは予想外だった。
     俺にまでそんな事を切り出す真っ直ぐさは、一途と言うのかそれともバカと言うべきか。
     しかしおそらくバカじゃ戒而は手に負えない。
     
     「はっきり言った方がいいと思うから言うけど。お前じゃ無理。」
     「そんな事オマエに分かんねーだろ!。」
     「あんましアイツ困らせんな。」
     
     「オレ、もっとマシになる。」
     「はあ?。」
     「勉強もちゃんとするし、高校出たら働く。」
     「・・そういう事じゃなくってさ。まあそういう事もあんだろーけど。」
     「オマエよりはマシになる。」
     「コラ。」
     
     「オマエこそ宗蔵にワルイことしたら、オレが許さない。」
     「・・。」
     
     恋人同士っつのーは元来ワルイ事をするもんだ。
     しかし猿頭の思いついた「ワルイこと」がそーゆう類の事なのかどーかが俺には分からなく、
     返事のしようが無い。
     それに。

     「恋人同士」って言っていーんだよな?、俺達。
     いいのかな?。
     いいんだろ?。
     
     どうなのよ。
     
     
     釈然としない事が多過ぎた。

     気分転換に今座ってるブランコでも漕ぎたいところだが、
     椅子の位置が低すぎて自分の足が邪魔をする。
     俺は靴の底を土に付けたまま、両手で鎖を握り、もぞもぞと尻だけを揺らした。
     
     夜中に悟一を連れ出してハッキリしたのはただ一つ、
     サルはサルなりに一生懸命だという事、それくらいだ。
     
     「オイ。」
     「なに。」
     「男はツライなあ。」
     「・・。」
     
     俺のバカな呟きに、悟一は答えなかった。
     
      ◇◇◇
     
     夜中に自宅アパートに戻った俺は、
     悟一が言っていた手紙とやらを探すつもりだった。
     
     しかし探すまでもなく、それはキッチンのテーブルの上にあった。
     なんで俺はこれに気付かなかったのか。
     まあその、絵の事で興奮し過ぎていたんだろう。
     
     4つに折りたたまれた便箋をひらくと、
     そこには角ばった小さめの文字で、短い文が記されていた。
     
     
     僕がやりました。
     つまり、そういう事です。
     
     貴方が好きでした。
     
     - 続 -
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□□ ここまでのお付き合いありがとうございました □□  .
次は三蔵の語りです。  .


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