28


     ・・まさかなあ。
     やっぱ違うのか?。
     
     「久々に弾いてけよ。」
     
     音楽とは微塵も関わりのないあれこれで頭が一杯な俺に、ヤツはギターを差し出した。
     俺的に今は全然それどころじゃないわけだけど、
     つまらないあれこれに頭を占領されて、断りの言葉を選び出す前に
     俺は差し出されたものを受け取っていた。
     そういや元々アコギなんてほとんどさわった事がない。
     エフェクターとかアンプに依存できないのはツライ。
     
     「何やろっか。」
     「フォークとか俺知らないし。」
     「ドラムとベース無しのロックの曲ってあったかな。」
     「あってもそれはロックじゃねーな。」
     「んじゃ、ロックなヤツらがやってるアコースティックな曲。」
     「んで、俺も知ってそうなシンプルなの。」
     「『More Than Words.』」
     
     メタルだかハードロックだかの洋物バンドがリリースした曲だ。
     シンプルなフレーズの繰り返しではあるが、エンディングには確か空恐ろしい早弾きが控えている。
     
     俺は厚みのあるアコギを抱えてヤツの隣に陣取った。
     「バカらしい」と感じていた怪しげな商店街の見世物の側に、結局俺自身が回ったわけだ。
     
     久々に触る楽器の手馴らしに、エンディングのリフを流してみたりする。
     そして、こんなアコギの弦高じゃ早弾きなんてとても人として無理だという事実が判明した。
     ポール・ギルバートは神であり人ではない。少なくとも俺には無理だ。
     
     「ラストのリフ、間に合わねーかも。」
     「最後の4小節くらいてきとーでいいよ。」
     「そお?。」
     「それに梧譲、早弾きで音抜くの上手いし。」
     「・・。」
     
     そーだよそんなチマチマ細かくやってられっかよ。
     俺は完コピとは最も縁遠い男だ。
     アドリブ王と呼べ。
     ちなみに大体がアドリブだから同じフレーズは2回と弾けない。
     
     「で、ハモれる?。」
     「え〜。」
     「適当でいいよ。」
     「大体3度下でいい?。」
     「オリジナルもそんなもんっしょ。」
     
     そうかなあ。
     まあいいや。
     
     早弾きのフレーズを3倍速くらいに引き伸ばして流しながら、
     ウロ覚えの歌詞を頭で辿ってみる。
     ハモりが入るのはどのへんからだったろーか。
     
     More than words is all you have to do to make it real.
     〜リアルなのは言葉じゃない。
     〜愛してるなんて言わなくていいよ。
     〜僕はもう知っているから。
     
     歌の文句なんて嘘っぱちだ。
     言わなきゃ分かんねえって。
     少なくとも俺は分かんねえ。
     俺がバカだからか?。
     
     「な、その訳アリそーな2人連れの客、どこ行ったか知らない?。」
     「え?。」
     「知らなきゃいーんだけど。」
     「『俺んち行こーよ』とかって若い方が年上を引きずってたぞ。」
     「へ、へえ。」
     「なんだやっぱ知り合いなんだ。」
     「もしかしたら、って思ったダケ。分かんねーよ。」
     
     ヤツは「ふうん」と含むよーなヘンな笑い方をした。
     
     「なんだよ。」
     「年上の方だろ。」
     「はあ?。」
     「整ってたもんなあ。」
     「バカ!。野郎だぞ。」
     「うん。その点は意外だ。」
     
     それからヤツは物憂げに、かつ独り言のように、「梧譲、ホモかあ」と呟いた。
     
     「黙れ。」
     「・・図星かあ。」
     「・・。」
     
     どうやら俺は誘導尋問に引っかかったらしい。
     
     そーだよ俺はホモなんだよ畜生。
     だけど相手が違ってるっつーの。
     いいやもう。
     話してたまっか。
     
     「始めっぞ。」
     「OK。」
     
     しかしまさにその時俺のヤル気に水を差すためのように、「きゃー」と黄色い歓声が湧いた。
     声に引かれて目を上げれば、若い女の3人組が俺達を取り囲むように立っている。
     高校生くらいだろーか、普通に立っていてもケツが見えそうに短いスカートだ。
     
     「ヤダー。こんなとこでやってんの?。」
     「ほっとけ。帰れ。」
     「うわなんか態度わるーい。」
     
     太腿のみっちり具合に先に目がいったせいで顔の判別が遅れたが、
     そういえば彼女らは俺が現役の頃、よくライブハウスの最前列に陣取っていた顔馴染みだった。
     
     「態度悪いっつーか機嫌が悪いの俺は。今日はお前らにサービスしたりしねーぞ。
     高校生はさっさと帰って寝ろ。夜なんだから。」
     「何よ〜アタシ達帰ったら誰も客いないじゃん。」
     「いいのいなくても。いなくてもいいからこんなとこでやってんの。」
     
     ヤツが「オイオイ」と困惑気味に俺を制した。
     
     「バカみたい。さっさとやれば。」
     「聞く気ないなら帰れっつってんだろ。」
     「言われなくてもつまんなかったら速攻帰るし。」
     
     ね〜、とか3人組が肯き合った。
     「じゃあまあ取り合えずやろうよ」と、ヤツがその場を収拾した。
     
     どうにも最近の女子高生にはかなわない。
     ちょっと可愛いと思ってクソ、半分ケツ出しやがってヤっちまうぞ。
     お前らがそうやってヤらせる気もないのにソソるから日本の犯罪が増えるんだ。
     
     「そんじゃ、イントロから。」
     「・・っと、Keyなんだっけ。」
     「・・G。」
     「うわ最悪〜。」
     「黙れ!。」
     
     確かにかなりバッドではあった。
     先刻の早弾きのフレーズを俺はEあたりで流していたわけで、
     つまりは練習自体が無意味だったらしい。
     「クソGならGって早く言いやがれ」とか負け惜しみを呟きつつ、
     俺はてきとーにイントロを弾き始めた。

     シンプルなアルペジオを流しながら、
     ドラムのかわりに3拍目あたりでギターのボディに打音を入れる。
     おっと、何だかそれっぽいじゃん?。
     
     Saying I Love you・・
     
     入りにくい8小節と3拍目のタイミングを逃す事なく、ヤツの張りのある声が歌い出した。
     ヤツは路上での経験を積んだせいだろうか、
     エフェクターやアンプに頼れないこの場所で、
     その声は以前にも増して通りが良く、説得力に満ちていた。
     
     「Gからのスリーコードメインでマイナー転回少々」という俺の読みは当たって、
     俺のギターがキーを外す事も無い。
     言い換えれば運良く曲を覚えていたというだけであり、自慢する程の事でもないが。
     
     サビに差しかかったあたりで、俺はヤツの声音に誘われて3度下を歌う。
     
     More than words is all you have to do to make it real.
     〜リアルなのは言葉じゃない。
      愛してるなんて言わなくていいよ。
      だって僕はもう知っているから。
     
     そういや俺の同居人はどうしちまったのか。
     今や「元」同居人と言うべきなんだろーか。
     
     頭の半分が素に戻った俺は、何気なくギャラリーを見渡した。
     気付けばいつの間に客が集まっている。
     俺達を半円に囲んだ観客は今や十数名に増えていた。
     
     「つまんなきゃ帰る」と啖呵を切ったギャルどもは、
     未だギャラリーの最前列で、リズムに合わせて軽く身体を揺らしたりしている。
     気をつかって帰らないなんて事は、彼女らに限って有り得ない。
     良くも悪くも正直な人種だ。
     つまり俺らは、そんなに悪くないらしい。
     
     聞いて欲しいなら聞いて欲しいなりに、もっと別な方法があったのかもしれない。
     昔の自分のやり方を思い出しつつ、俺はそんな事を思う。
     
     2フレーズ目には、アコギの固い弦もそれなりに指に馴染みつつあった。
     もう記憶を辿りながら恐る恐る音を選ぶんじゃなくて、
     ビートに乗って歌うように、俺は自然に音を紡ぎ出していた。
     
     More than words is all you have to do to make it real.
     〜リアルなのは言葉じゃない。
      愛してるなんて言わなくていいよ。
      だって僕はもう知っているから。
     
     
     リズムの流れに身を委ねると、ゴチャゴチャした頭もかえってすっきりするから不思議だ。
     俺が唯一成すべき事は何か。
     考えたというよりは今ただ頭に浮かんでいた。
     
     俺はもう一度戒而に会わなくちゃなんない。
     
     
     - 続 -
     .

Return to Local Top  .
Return to Top   .