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     学生街は、夜も眠らない。
     
     眠らないのは繁華街も同じだが、喧騒の種類が少々違う。
     端的に言えば夜の繁華街はヤバく、学生街の夜はバカくさい。
     もう少しマシな見解もあるんだろうが、
     荒んだ現状の感覚からはそんな想いしか湧いてこない。
     
     そのまさしくバカくさい夜の街を、俺はブラブラと歩いていた。
     
     部屋を駆け出した時には、サル小僧を地の果てまでも追いかけてブン殴るつもりだった。
     とりあえず駅に向かって走る途中で、
     サルを追うなら向かうべき場所は地の果てでなくハニーの自宅だと気付いた。
     あの白い居城に乗り込んでサルをボコボコにしたいのは山々だが、
     そんなことが実際できるかと言えば・・不可だ。
     俺と神が許してもハニーが許さないだろう。
     
     俺は向かうべき場所を失くし、ウチに戻る気にもなれず、
     バカくさい場所をうろついていると、そういうわけだ。
     
     商店街はどこも閉店後で、店並みは既にシャッターを降ろしている。
     そして閉まった店の軒先一軒づつを1人もしくは1グループの人間が陣取って、
     歌うとか楽器を弾くとか踊るとか似顔絵を売るとか、好き勝手な事をやっている。
     それぞれのパフォーマーに対して数名、場所によっては大勢、
     客というかギャラリーが群がっていて、
     商店街は閉店後なのに、昼間とは違った種類の街並みと化している。
     
     人気の高い集団はいい場所を使えるとか暗黙のルールがあるのだろうか、
     駅前のロータリー付近には女の子ボーカルのバンドが陣取っていて、
     人垣ができるほどのギャラリーが彼らを囲んでいた。
     ヤツらの事は知っている。
     俺がバンドやってた頃に、俺らの前座をやっていた。
     ヤツらは何がイイというよりは悪いところがナイというか、
     一番の売りはボーカルの女の子が可愛いという、つまりそういうバンドだった。
     
     黒山の人だかりに混じってヤツらを聞きなおすような心境でもない俺は、
     夜のバカらしくも怪しい商店街を人気の少ないほうに向かって歩いた。
     途中、ギターを抱えたヤツらに混じって絵を売っている人間も数名見かけたが、
     道端に置かれた絵はどれも魂が抜けてるように感じられた。
     そんな気がするのはきっと、無意識にハニーの絵と比べてしまうからだろう。
     
     あんなにガツンと魂の入った絵には、そうそう出会えるはずもない。
     
     (くそ〜。)
     
     商店街の先は幹線道路である国道と90度に交差している。
     国道を走るトラックや大型車両が見えてきたという事は、
     怪しい夜の学生商店街の端まで歩いたということだ。
     そして俺はその最端に、良く知った顔を見た。
     
     「あれ。」
     「お。久しぶり。」
     
     駅に近い方から人気が高いとすると、一番人気のない事になる場所に陣取っていたのは、
     俺の昔のバンド仲間だった。
     当時アコギとボーカルの担当だったヤツは、今はひとりでギターを抱えていた。
     
     「こんなとこでやってんの?。」
     「まーね。のむ?。」
     
     客に酒を振舞う癖は昔と変わらないらしい。
     賽銭箱まがいに蓋を開けた黒いギターのハードケースの中から、
     ヤツは缶ビールを取り出して俺に放り投げた。
     投げられた缶を受け取りながら横目で確認すれば、
     賽銭箱の中には几帳面に折りたたまれた紙幣が確認できた。
     
     「お。客来てんじゃん。」
     「今日だけだけどね。」
     「そうなん?。」
     「なんか訳アリって感じの二人だったなあ。」
     
     昔、と言ってもまだ去年だけど、俺らのバンドは儲かっていた。
     ライブハウスのチケットが即日売り切れるという、嘘のよーな人気ブリだった。
     
     俺はそのバンドの前には別のバンドに属していて、
     そこでは音楽がどうこうというよりも、暴走族か暴力団かという勢いで客と喧嘩ばかり繰り返していた。
     出入り禁止になったライブハウスの数では伝説に残るバンドだ。
     今や誰の記憶にもないだろーが。
     ギターも楽器というよりは凶器という感じだった。
     弦が6本あった事はまれで、必ずどこかしら1、2本は切れていたのを覚えている。
     
     そんな俺に声をかけてきたのがヤツだ。
     ヤツはどちらかというとフォーク寄りの、語り部的存在だった。
     ギターのテクニックも上々で、歌も上手く作曲のセンスもある。
     なのに何故そんなに売れてなかったのかとゆーと、それはおそらくパッとしないせいだ。
     決して不細工というのではないが、イイ男とも言いかねる。とにかく見た目的に普通過ぎる。
     見た目が普通なら派手に動くとか目立つ方法はあるが、ヤツはそーゆーの一般が苦手らしかった。
     自分のインパクトの無さを自覚した結果、ヤツは俺をスカウトしたんだと思う。
     
     なんとなく、面白いと思った。
     
     それから俺とヤツとの活動が始まった。
     ドラムとベースは暇そうなのが毎回ヘルプで入っていたが、直に専属が決まった。
     そんでもって俺は水を得た魚のよーに俺の担当に専念した。
     つまり、派手な衣装とパフォーマンスで女の子の気をひいたり、
     MCにくだらない事を叫んで客を盛り上げたりとか、そんなあれこれだ。
     
     一応ギターも弾いた。俺はエレキだからパート的にはリードギターという事になる。
     俺はヤツに巡回コード理論を叩き込まれ、スケールもそこそこ練習した。
     チューニングはかなりあとまでヤツに任せていたが、
     今度は少なくともステージで弦が4本しかないという事はなかった。
     そして、ギターはともかく俺サマのパフォーマンスが功を奏し、俺達はうなぎ登りに人気者になった。
     
     そして、ここいらで一番デカいライブハウスで半年くらいトリを勤めたあと、
     俺はつまんなくなりはじめた。
     
     俺と始める前も始めてからも、ヤツの歌は良かった。
     俺が派手な事を仕掛けて人目を引けば、ヤツの歌を聞く人間も増えるだろうと俺は思っていた。
     なのに今も昔も変わりはしない。
     俺の道化師じみた衣装とパフォーマンスが手段じゃなくて目的だと言うなら、
     自分で言うのもなんだが、寒々しいような気がする。
     まったく自分でやっておいて何なんだけど。
     
     そんなわけで、俺はあっさり辞めた。
     
     俺が辞めたら残りのメンバーは「実力派」とかそんなのに分類されて
     それなりにやっていくんだろうと、俺は勝手に考えていた。
     だけど俺が抜けてギャルの取り巻きが消えたら、ドラムとベースが辞めた。
     その後のボーカルの行方は知らない。
     
     ・・イヤ、今知った。
     ヤツはヤツらしい表現方法に戻ったらしい。
     上手いのが売れるとは限らないこのジャンルは、なんとゆーかある意味不公平なのかもしれない。
     
     (ミズモノだよなあ。バンドって。)
     
     にもかかわらず道を譲らないかつての仲間には頭が下がる。
     だけどそういう気持ちを言葉で伝えるのは、正直、照れ臭かったりする。
     良く知った相手なら尚更。
     
     俺はただ、貰った缶ビールに口を付けつつ、
     どうでもいいようなことを話した。
     
     「訳アリの客って?。不倫カップルとか?。」
     「これがまた男同士。」
     「へ、へえ。」
     
     俺自身がホモだと判明してしまった今、
     その辺の話題での俺の歯切れは悪い。
     
     「でもカップルでもないだろーな。まだ。」
     「まだ?。」
     「俺らくらいの歳のと中高生くらいのの二人連れなんだけど。
     若い方が俺の目の前で年上の方に告白しちゃってさ。
     どうしようかと思ったよ俺。こっから動くわけいかないし。」
     
     俺ら位の歳のと中高生位の二人連れ。
     
     まさか。
     
     「年上の方が勉強できそうな感じで、年下の方が運動できそうな感じだったりしないよね。」
     「なんだ知り合い?。」
     「え?。」
     「若い方がなんかもお真剣でさ。
     で、年上の方が、『立て続けに2度フられたばかりで
     とてもそういう事考えられない』とかなんとか。」
     
     ん?。
     
     「しかしまあ、ついてないのかね。フられて出てきたのに、
     次の同居人にまた惚れてまたフられたって。」
     
     ちょっと待て。
     そいつらは一体ヤツらなのかそうじゃないのか。
     合ってる部分はある。
     がしかし、もしもそれがヤツらだとしたら、とんでもない事実が今判明した事になる。
     
     ・・まさかなあ。
     
     - 続 -
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