「チーフ、最近機嫌いいよね。」
「ほっとけ。」
「な〜にかいい事あったのかな〜。」

チビの女子高生、李厘が挑発するみたいに俺を覗き込む。
いくら巨乳でもこーゆーやかましいタイプは俺の中では女じゃない側に分類されている。

「ひみつ。」
「ふ〜ん。オイラには冷たいんだ。美人の客には色目つかうくせにさあ。」
「あっち行け。仕事しろこの!。」

気合注入に少々シメてやろうかと思ったのに、李厘は伸ばした俺の手を擦り抜けると
フロアの3メートルくらい先で振り返って舌を出しやがった。
まったくガキめ。
雇われ店長の俺の部下はこんなの一人。

俺は夕方の数時間だけ『Arcadia』て名のスカした喫茶店で働いている。
俺的には場末の赤提灯とかがしっくりくるんだけど、こっちの方が実入りが良かったりするから。

喫茶店とゆーより中世の社交場かってくらい洒落た店でさ。コーヒー一杯800円も取る。
取る側の俺が恐縮するよ。
そういう場所だから来る客も必然的に金持ちなわけで、
もしかするとヤツらは別に高いとも思ってないのかもしれないけど。

ココは、なんとかっつーファッションブランドメーカーの系列らしくて、内装も高級クラブ並みに洗練されてる。
柱にさりげなく大理石使ってるし、生花の胡蝶蘭が当たり前のように置いてあったり。
大体フロアの真ん中に白いグランドピアノなんかあるんだぜ?。

雇われなりにもチーフの俺は、白いシャツに蝶タイの制服なんて着せられちまってんの。
正直かなりハズカシイ。
夜ならホストだよこれじゃ。
こないだなんか勘違いしたオバサンが、「あら好み」とか言って俺の胸ポケットに万札突っ込みやがった。

営業時間は夜8時までなんだけど、掻き入れ時は夕方まで。
そのあとは行くとしてもアルコールの出る店なんだろーな。
なわけで比較的暇な6時以降は正社員より単価の安い雇われ店長の俺の出番。

昼や深夜は他の仕事があったりするんだけど、そっちは少々ヤバめのヤツだから、
こーゆう安全で堅実なバイトは俺にとって貴重。

だけどもう今は全然別の意味でこの仕事が貴重。
何故かと言えばそれはもちろん・・

「暇だね。」

っと、いつの間に俺の隣で李厘が腕組みしてやがる。
まあ確かに今日は暇だ。50席もあるフロアに今居る客はカップルが2組だけ。
でも俺的にはその方が都合良かったりする。
だって、もしアイツが来たら、ええと、そその、お、お話しとかできるかもしれないじゃん?。

・・っと。
俺と同じ格好でカウンターの前に立つなよ李厘。
俺とコイツが並ぶと妙な絵になるんだよ何も共通点がない上に身長差甚だしくて。

全くコイツには困ってる。
成金御用達喫茶室に相応しい、シックでタイトな女性用の制服があるのにだな、
コイツはギャルソン、つまり少年用のを着てやがる。巨乳のくせに。シャツの前ボタン飛びそうなのに。
蝶タイに白シャツで半ズボンをサスペンダーで吊ってんの、巨乳のくせに。
ガキだガキ。
その上に、何て言うんだろ、ローラースケートみたいな、靴の底にローラーが付いたバッシュ履いて
滑りながら丸トレイ持ってフロア移動すんだぜ、お前だけカリフォルニアかよ。

こんなのをクビにしないのはだな、何故かとゆーと。
評判いいんだよ客に。「かわいい」んだと。
分かんねーなあ。

「暇だあ。」
「いーじゃん暇な方が。」
「退屈。早くハゲ来ないかな〜。」
どき。

俺の動揺に気付いたわけでもないだろーが、暇を持て余した李厘がフロアを徘徊し始めた。
李厘は一度来た客に勝手に名前を付ける。
それは自由だけど俺の愛しのハニーがなんでハゲなんだよバカ。全然禿げてないって。
禿げてるどころか、色の薄いサラサラの短髪が室内のライトに透けて・・

「いらっしゃいませっ!。」

威勢のいい李厘の声で妄想から引き戻された俺は、一瞬まだ白昼夢の中かと思った。
伏し目がちにエントランスをくぐり、俺の前を通り過ぎて行くのは、まさに、愛しのハニー。

俺のハニーの背を、上機嫌の李厘が滑りながら追った。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」

あいつはいつも窓際の隅の席に陣取る。
サファリっぽいソフト帽を目深にかぶったままだ。
人目を惹きすぎるその容貌を敢えて隠すみたいに。
李厘に呼ばれて振り返りもせずに、アイツは何かを告げる。
ブレンド。
おそらく彼はそう言った。愛しの君のいつものオーダーを、俺が記憶していないハズは無い。

俺はレジとつながったカウンターの前で、アイツと李厘の2ショットを少し離れて見つめる。
アイツはテーブルに肱を付いて、窓越しに暮れゆく夕方の街並みを見るともなく眺めていた。
くそ〜死なないかな李厘。そうすれば俺がアイツの脇に立って「いらっしゃいませ」なんて精悍に腰を折って、
俺のセクシーなボイスにふと瞳を上げるアイツの視線と俺の視線が絡まってそんでもって・・

「チーフ、ブレンドひとつ。」
「厨房に言えバカ!。」
「暇なくせに。」
「俺が暇な時は厨房も暇なの!。てかお前、調理場掃除して来い。命令だ、今すぐ行け!。」
「・・ちぇ。」

管理者権限で邪魔者を追っ払ってしまった。
多少悪い気がしないでもないけど、恋路の邪魔をするヤツは昔から馬に蹴られることになっている。
ついでに残りの客も帰ってくれないだろーか。「閉店です」って耳元で囁くか。
・・ん?、いーなそれ。

「悪ィ、遅れた!。」

すっかりその気になって他の客を追い返そーとした矢先、声のデカいガキが駆け込んできた。

(また来やがった・・。)

ガキっつってもコイツは李厘じゃない。正真正銘のガキだ。しかも客ときやがる。
今日こそはコイツ来ないかと思ったのに。
ガキも嫌いだけどそれより何よりもムカつくのは、俺の愛しのハニーの連れだって事だ。
どーも毎回待ち合わせしてるみたいだな。ハニーと。一体どういう関係なんだろ。

李厘を調理場に追いやってしまった今となっては、俺様自らオーダーを取りに行くしかない。
ハニーの向かいに当たり前のよーに腰を下ろしたガキの傍らに寄り、俺は恭しく尋ねた。

「いらっしゃいませ。ご注文は。」

ガキんちょはいつも、いかにも高校の運動部です、って風体の汚れたジャージ姿。
おまけにコイツはいつも食い物ばっか大量に注文しやがる。お前は定食屋に行け。
全然歓迎してねーぞ、という呪いを込めて、俺は水の入ったグラスをガキの前にガツンと置いた。
だけどメニューにかかりっきりのヤツは俺なんて眼中にナシだ。

「宗蔵は?。」
「俺はいい。」
「じゃ俺焼きそばとカレー。」

あるかよ、このスカした店にソレが。何のためにメニュー見てんだよ。
毎回無いって言ってんだろ、いい加減覚えろよバカ。

「お客様、誠に恐縮ですが当店にそのような品揃えは・・」
「ああ、構わん。何でもいいんだ。腹にたまりそうなもの適当に揃えてくれ。」
「かしこまりました。」

YES!。俺は心底恭しく頭を下げた。
ハニーの声が聞けたのはラッキーとしかいいようがない。
あと、俺の方見ながら話してくれるともっと嬉しいんだけどな。

注文を聞いてしまったら、一店員の俺としてはハニーの傍に居る口実が無い。
このガキさえいなきゃ、勇気振り絞って話しかけてみたりするところなのにな。
ガキんちょはと言えば、部活がどうだの家庭教師の先生がどうだのと、ハニーに報告を始めた。
ガキは楽しそうだ。いい表情してやがる。
もしかするとこのガキんちょもハニーに気があったりしてなんて、つまらない心配が俺の頭を掠めた。

二人の間に置き去られたメニューを手にとって、俺はもう一度軽く頭を下げると、テーブル脇を後にした。
去り際にアイツがふと手を伸ばしたマルボロの赤いパッケージが、残像みたいに俺の脳裏に残った。


「チーフぅ、掃除終わった。」
「お。ご苦労様。
あと厨房にオーダー入れといて。リゾットとパスタ。」
「何のリゾットとパスタ?」
「なんでもいーよ食えれば。厨房の都合のイイやつでいいからって言っといて。」

どーせ食うのあのスポーツ少年だけだし。

「ヘンなの・・。あ!、就業中従業員は禁煙だぞ!。」
「もうすぐ終わりじゃん。見逃して。いーから厨房にオーダー。」
「なんか腹立つ!。」

ブリブリ怒りながらも李厘は厨房にオーダーを出しに行った。
いい娘ではあるんだよな。ガキだけど。

俺はレジ内側のパイプ椅子に腰掛けて、吸い慣れた煙を吐き出した。。
握った手のひらを開いて、よじれたハイライトのパッケージをぼんやり見つめたりしてみる。

(身分違いだよなあ。)

バイトとはいえ、こんな小綺麗な店で働くのって元々俺らしくなかったわけで。
おまけに昼と深夜は相変わらず怪しい仕事で裏町を走り回ってる。
こんな単価の高い店にさりげなく出入りしてるアイツはきっと、青山とか慶応に通うお坊っちゃまで
家もふつーじゃない旧家だったりして、つまり俺ら庶民には高嶺の花なんだろう。

「あの・・。」

小さく呼ばれて俺は我に返った。
俺の目の前ではカップルの客がレシートをひらひらさせて突っ立っていた。
俺は咄嗟に営業スマイルでレシートを受け取ると、レジで金額をはじき出す。
「アメリカン2つ、オールドクラブサンド、アボガドとサーモンのベーグル、
消費税込みで\5,250になります。」

客は俺の言葉を待たずにレジのトレーに万札を乗せていた。
俺は手際よく釣り銭を取り出して、爽やかなスマイルで返す。
「ありがとうございました。」

重い手押し式の重厚なドアを自ら押して客を通したら、見送って腰を折る。
(庶民の喫茶じゃ、あり得ないよな。)
おまけにアイツの切れるような美貌も、庶民には相応しくない。

店内では料理が上がったらしく、李厘が両手にそれぞれトレーを乗せて、
アイツらの席まで皿を運んでいた。
李厘がガキに何か言ったらしく、「あっち行け」とか「ばーか」とか、
誹り合う声が俺のとこまで響いた。
意外な事に、ガキ同士ってのはウマが合わないらしい。

ガキんちょは2人前の料理を頬張りながら、アイツになんだかんだと話を続けていた。
アイツはと言えば、コーヒーに口を運ぶ合間に、軽くガキんちょに視線を流す程度だ。
会話に参加するようでもなく、かといって不愉快そうでもない。
ただ時折ガキんちょに流す視線には、慈しみとでもゆーのだろーか、
そんな保護者っぽいいたわりが含まれているよーでもある。

(いいなあ。)

一度でいいから俺を見てよ。

I'm beggin' darlin' please.
そんな歌の文句が俺の頭でこだまする。
ひざまずいてお願いするから。
俺を見てくれないかな。

「チーフぅ。」
「うわ。びっくりした。」
「なんかぼ〜っとしてんね。もしかしてハゲにみとれてた?。」
「ばばばばばか!。野郎だぞアレは。」
「だよね〜。」

閉店間際の店内、俺は李厘とのつまらない会話で時間を潰した。

俺の想いは神のみぞ知る、だ。


- 続 -
 

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