〜Get your motor runnin' (エンジンを吹かせ)
 Head out on the highway (ハイウェイに向かえ)

Steppen Wolf のダミ声が2DKの狭いアパートに響き渡る。
クサいくらいベタなロックのビートに身体を預けて、頭からシャワーの湯をかぶる。
朝風呂派なんだよね俺。
なんつって、酔って帰ってそのまま寝るせいなんだけど。

最近のボディシャンプーはやたらと泡が立つから、
適当に身体撫で回すだけで洗い終わった気分になっちまう。
あとは濡れた身体のまんまで、洗面所の鏡の前で鬚をあたる。
別に毛深い方じゃないけどさ。
一応毎日やるのは何、モテる男のささやかな義務?。

鏡はシャワーの湯で曇ってるし、
この段階で俺はまだ半分寝てるから目もろくに開いてないんだけど、
鏡の前に立つのはなんとなく気分。
目なんか開かなくても、毎朝やってるともうカミソリ持つ手が勝手に動くわけ。


〜Born to be wild (ワイルドに行こう)

「Born to be wild!」
いてっ!。
BGMにつられて一緒に歌ったら顎切っちまった。
くそ〜良くやるんだよなコレ。


「Born to be wild!」

朝のテーマを口ずさみながら、洗面所を出る。
バスタオルで濡れた長髪を掻き回すように拭いて、台所の椅子にどっかりと腰を降ろす。
ようやく冴えてきた頭でテーブルを見渡せば、トーストにスクランブルエッグが既に準備済み。
なんでだっけ?。

「おはようございます。」
「うわっ!!」

背後から降って湧いた声に、俺は咄嗟に悲鳴を上げた。

「毎朝懲りずに驚きますね。」
「・・。」

そうだった。そうなんだった。
俺んちには1週間前から野郎が居付いている。

今までも女が泊まったり飲み過ぎて帰れなくなったヤツが泊まったりする事はあったけど、
俺より早く起きて毎朝飯の準備してるヤツなんて初めてで、ど〜も落ち着かない。
大体俺は寝て起きた時には、コイツが居る事自体忘れてるわけで。

〜Born to be ..

カシッ、という擦過音を最後に俺の朝のテーマが途切れる。
台所の小さいラジカセでリピートさせてた大音量のカセットを、ヤツが止めたんだろう。
直後に、ここはホテルのラウンジかっつーよーな気の抜けたクラッシックが、もわっと流れ出す。
コレはヤツの趣味。
一体なんて曲かなんて聞く気にもなんねーけど、おそらく「交響曲第8番ホ長調ハの5」とか
そんな名前なんだぜきっと。
冴えねーなもう。

「はいコーヒー。」
「ん。」

斜め後ろからヤツが俺にマグカップを差し出した。
毎朝俺がここに座るなりドリップ式のコーヒーが出るって事は、
俺が起きる時間を予測して淹れ始めてるってわけ?、
一体どういう事なんだろコレは。

と、ヤツから渡されるハズのカップは俺の肩上に差し出されたままで、
背後に挙げた俺の手には一向に何も触れる気配がない。
そうだった。ここで毎朝の注文が出されるんだった。

「あの。下着くらい着ませんか。」
「バスタオル捲いてるし。」
「着ませんか。」

何で疑問形なんだろう。
それに俺的には別に裸で全然問題ないんですけど。
いつもはここで黙ってトランクス履きにいくんだけど、タマには手変えてみよっか。

「着ない。」
「・・。」

思いがけなく緊迫した場の雰囲気に、俺は少々あせった。
ヤツは俺の斜め後ろで半分しか姿が見えないわけで、そういう位置から無言で威嚇されんのって分が悪い。
なんかさ、時々すげー恐い気がすんだよコイツ。絶対怒んないんだけど。
怒ったらどうなのかって底が見えない辺りがまた、さ。

「服を着てもらいます。
濡れた髪も軽く乾かしてきて。
食事はそれからです。いいですね。」
「・・はい。」

おれはそそくさと寝室へ向かった。
なんで俺様が居候の言うなりになってるのか自分でも分かんねえ。
俺は負け犬みたいに(お前は俺の母ちゃんか?!)とヤツを罵倒した。
もちろん、心の中でこっそりとだ。


トランクス履いたついでにジーンズ履いてランニングひっかけて、俺が台所に戻ると、
ヤツは俺の定位置の向かいに座って、いそいそとトーストにバターを塗ったりしている。
この絵はなんだろう、・・新妻?。

俺がいつもの場所に腰を落ち着けるなり、コーヒーが半分入ったマグカップとミルクが差し出される。
俺、コーヒーとミルクは1対1って決めてんの。
で、ミルクは自分で入れないと何となく落ち着かないんだよね。
ふと気付くと、俺がコーヒーにミルクを入れる様を、ヤツはミルク越しの向こうから恨めしげに見つめていた。

「今日はマンデリンとブラジルのブレンドが絶妙なのになあ。」
「そお。」
「そんなにミルク入れたら分かんないですよね。」

大丈夫、入れなくても俺分かんないから。
なんとなく言いそびれて、俺はヤツと見つめ合ったまま、大量のミルクでぬるくなったコーヒーを一口すする。
お。やっぱりいいね。農協特濃3.6牛乳。

「美味いっ!」

俺の向かいでコーヒーカップを抱えたヤツが、はにかむみたいに目を細めて笑った。
儚げなその表情に、俺は一瞬どきっとしたりする。
そう、大事な事を忘れていた。
コイツ、なんか見た目整ってんだよ。野郎のくせに。
・・まいったなもう。


そもそもなんでコイツが俺んちいるかってゆーと。
落ちてたんだ。燃えないゴミに混じって。
嘘だと思うだろ、マジなんだって。

夜中、バイトの帰りに道歩いてたら、燃えないゴミの上ににコイツ倒れてたんだ。
野郎だしほっとこうと思ったんだけど、ゴミん中の割れたビンとかで切ったのか血まみれだしさ、
脈測ったらまだ生きてるみたいだし。
朝またそこ通ったとして、そんとき死んでたらさすがに気分悪いじゃん。
で、引きずって帰ったのが1週間前。それから居ついちゃった。
その後はいつの間にか部屋は片づくし飯は出てくるしで、「いつ帰んの?」とか聞きそびれちまって。


「今日は講義出ます?。」
「ん〜、教養って大部屋だし誰が誰か分かんないよな〜。」
「代返しときます?。」
「サンキュ。」

そうなの。コイツ役に立つの家事だけじゃなくって。
俺ら同じ大学の学生だったってわけ。
ま、こんなキャンパス真ん前の通りウロついてる若いヤツはほとんどが学生だし、
偶然って程の事でもナイんだけど。

「今日もいい天気ですよ。」
「おっしゃ。張り切って出かけますか。俺は仕事に。」
「大変ですね。」
「ん〜、遊んでるようなもんだし。」

俺は自分で学費を稼いでいる。なんて言うと勤労学生みたいだけどそーでもない。
元々フリーターっつーか適当に働いて適当に食ってくだけのつもりが、
お節介のアニキが大学行け行けってウルサイから入っただけで、その前から生活は変わんない。
正直、ちゃんと卒業する気もなかったりするんだけど。
ま、どーせまだ2年だし、のんびり行こうかな〜なんて。

「ごちそーさん。」

ヤツが居つくまでは朝に飯なんて食った事なかったけど、
ここんとこ日課になった朝食を終えて、俺は大きく伸びをした。
ヤツは俺に微笑み返してから、テーブルの食器を片付け始めた。

ヤツが流しで洗ったり拭いたりしている脇で、俺は台所の窓から外の様子を窺った。
一度「手伝う?」って聞いたけど、ヤツが「かえって面倒だから」とか言うから
それ以来俺は特に何にもしなくていい事になっている。
ヤツが言ったとおり、窓越しの空は朝から青く晴れ上がっていた。

「気分いーな。」

ヤツは流しの手を止める事もなく、俺の言葉にワンテンポ遅れて返事した。

「ここ数日、楽しそうですね。」

どき。
うわ、俺まだ誰にも言ってないんだけど。
コイツ気付いてたりして。
な〜んて、そんなハズ無いよな。
あの謎の美人をコイツが知ってるわけもないし。

「何かいい事あったんですか?。」
「ん〜、いい事っつーか、何?。」
「僕に聞かれても。」
「だよな。まあ、その、アレだその。」
「は?。」
「教えるよ、そのうち。」

俺はそそくさと上着なんかをひっかけて、テーブルの上の財布をひっつかむとヤツに背を向けた。

「夜には帰るから。じゃ。」

了解の合図にヤツが軽く笑ったのを肩越しに見て、俺は部屋を後にした。
いかにも学生用安アパートって感じの鉄の梯子みたいなチャチな階段を1段抜きで駆け下りる。
街頭に降り立って、朝の澄んだ空気を肺の奥まで吸い込んだ。

(なんだか逃げたみたい、今の俺。)
我ながら、そんな風に思ったりしてみる。

だってさ、言えないだろ。

一目惚れだなんて。

イヤ、も少しふつーのケースなら、同居してる相棒に速攻で報告するよ。
そういうの黙ってらんないんだ俺。
なのに言えない。言えるかよ。

ほんとどうしよう。
まさに一目惚れなんだ。
衝撃の出会いはつい3日前。
出会いっても俺が一方的に見てるだけ。
まだ口も聞いたことないんだぜ?。

最高にクールな美人でさ。

それに、極めつけは、何だ、その、ええと。
つまりは、だ。
どーだ驚けこの野郎。

男なんだよ。

俺が驚くって。



- 続 -



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