続きです。




午前中のうちに、部屋中を片付け尽くしてしまった。
だから昼には買出しに出かけた。
材料は全て2人分だ。

もし。
もし彼が戻らなくても、二人分の食事を作ると決めていた。
彼が戻らない事実を認めるよりも、
その方が少しだけ気が楽だから。


だけど、そんな心配は必要なくて、
僕が戻ると、彼は居間のソファに妙にうなだれて座っていた。
僕が戻った事にも気付かない。

声をかけるのがちょっとためらわれて、
僕は首をかしげていとおしいあなたを見つめる。
その首筋や肩の感触を、僕はもう知っている。


「え〜と。」
「うわ!!。」
まるで幽霊に出くわしたかのように、彼は目を見開いた。
「どうかしました?」
「何で・・」
「はい?。」
「何でこんなに部屋片付いてんの!。」

「いけませんでした?、ええと、朝悟浄がいなかったから朝食作る時間が空いて。」
「それだけ?!」
「それで、もしかしてもう悟浄帰ってこないんじゃないかなんて思ったら、
いてもたってもいられないといいますかなんかこう。で、どうしました?。」
「・・びっくりした。」
何だか彼は具合が悪いように見えた。
「熱でも?」

僕は買出しの袋を置くと、膝を折って彼に手を伸ばした。
ふと、もう触れてはいけないのかと思う。
だけどやっぱり僕は誘惑に負けて、彼の頬に片手を添える。

「出て行ったのかと思った。」
呟いたのは彼。

「誰が?。」
「お前が。」

どういう意味かは分からなかった。
ただ、戻ってきてうんざりだというふうではないような気がした。
そう思いたいだけだろうか。
それならそれで、もう構わない。

彼の隣に腰掛けると、彼を引き寄せて強引に僕の胸に抱いた。
僕より少し大きいその身体を抱きしめるにはいろいろと無理のある体勢だけれど、
彼は逆らわずに、子供のように僕の胸に顔を埋めた。
いとおしいと思った。
彼の身体はいつもより火照っていた。

僕の胸に顔を埋めたまま、彼はぼそぼそと話した。
「なあ。お前いつまでここに居んの?」

いつかは言われるべき言葉だった。
今というのは、ある意味正しいタイミングなのだろう。
2人の均衡を崩したのは僕だ。

だけど僕の答えは簡単で、それは出会った頃から決まっている。
「あなたが、出て行け、と言うまでです。」



「ここに居ろ。」
「悟浄?。」
「ここに居てくれ。お前がふらふら出てって初めて会ったときみたいに
そのへんでぶっ倒れてるかもしれねーと思うと俺は・・」
「俺は?」
「安心して女も口説けねえ。」

僕はこみ上げる笑いを押し殺して、彼を強く抱きしめた。
あなたは結局、どこまでも優しい。
「悟浄、あなた最低です。」
「ああ。良く言われる。」

「それと、触れてから気付いたんですけど。」
「はい?。」
「すごい熱です。」
「やっぱり?。」

それから彼は、本格的に僕に倒れこんだ。
残念ながら下心まるで無しで。

38度5分。
感触からすると、おおよそそんなところだ。
いろいろと、慣れない頭を使わせてしまったに違いない。


ごめんなさい。
僕は声に出さずにそう言った。
言葉にすれば、きっと彼は居心地の悪そうな顔をするから。
切なくて、紅の髪に顔を埋めた。
覚えのある麝香の香りがした。


- 続 -

 


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