続きです。




「なあ、三蔵、悟浄動かないよ?」

何故この寺に、しかも俺の部屋に、
この男がいるのだろう。




ヤツは朝方にいきなりやってきた。
よお皆さんお元気、とか、わざとらしい愛想を振りまいたかと思うと、
座り込んであとは呆けたままだ。


もしかすると幽体離脱しているのかもしれない。
迷える魂はいっその事葬り去ってくれと
その身体を俺の元へ遣わしたのかもしれない。
成る程、だとすれば寺へ足を運んできた事にも説明が付く。

せめて苦しまずに逝かせてやるくらいの同情心ならばこの俺も持ち合わせている。
狙いを外す事はない。

「成仏しろ。」
「なんで!!。」

乾いた銃声が朝の気だるい空気を裂く。
狙いは正確だったが、ヤツは思いがけなく俊敏に動いた。
「なんだ、生きてんのか。」
「死んでるかって!。」

「で、一体何だ。」
あ〜、とか、う〜、とかひとしきり呻いた後に、ヤツはまた離脱しやがった。
往生際の悪いことこの上ない。


「『出て行け。』」
「・・はーい。」
声は聞こえて言葉も理解もできるらしい。
ヤツは肩を落としたまま歩いて、入り口の引き戸に手をかけた。

「お前が言うべきなのはそれだけだ。」
ヤツは俺に背を向けたまま立ち止まった。


「何故今まで言わなかった。優しい男のつもりか。」
「俺は!!。」
「何だ。」
「お前に俺と八戒の何が分かるよ!!」

勢い余ってヤツは引き戸をバシッと平手で叩きやがった。
俺の部屋に客がある時は何故か廊下に坊主どもが待機している。
俺に何かあったところで役に立たないのは明白なのにもかかわらずだ。

「三蔵様!、一体何事ですか!!。」
いきなり引き戸を開けて、ヤツが廊下の坊主に叫んだ。
「やかましいっ!」
やかましいのは明らかにお前だ。



「俺は何も知らん。ちなみに俺は『八戒』とは一言も言ってない。」
「う。」
「お前が一人でここに来る理由が他に考えられんだけだ。」

ヤツはドアに貼りつきながら絵に描いたような気まずい顔をする。
一体この男は何にそんなに動揺しているのか。
八戒に犯されたわけでもあるまいし。

・・否。
一途なタイプほどキレたら何をするか分からない。
勿論可能性の一つとしてだが。
しかし。
それにしても。
ヤツとアイツか。
・・最悪だ。

待て。
この際俺の好みはどうでもいい。


「傷つけたくないんだろうがな。」
俺は煙草を一本くわえては火をつけた。
俺だって言いたいわけじゃない。

「どうせ傷つけるなら早く言った方がいい。」
「俺は!。」
「そう思わんか。」
「・・。」
「お前ら一緒に暮らしはじめて3ヶ月か?、
お前は3ヶ月前に考えるべき事をようやく今考えてんだよ。バカが。」

ヤツはただ悔しそうに俺を睨み付けた。
この喧嘩っ早い男が、ここまで罵倒されて黙っているとは正直心外だった。
多少は自覚があるのかもしれない。

「まあお前のいい加減さに呆れて、アイツが先に出て行くかもしれんがな。」
「ンだとコラ!、言わせておけばな・・。」
「選択権はお前だけにあるとでも思ってんのか?」

クソッ、と吐き捨てて、ヤツはまたでかい手で引き戸を叩いた。
重ねての衝撃で薄い戸は外れて、廊下で待機する坊主共の上へと倒れた。
「うわあっ!!」
「うるせえ!!」

覚えてろクソ、と意味の薄い捨て台詞を残し、坊主どもを蹴散らしてヤツは帰って行った。
本来なら撃ち殺すところだが、それも気の毒なほどにヤツの内心の動揺が見て取れた。
全く。
大迷惑だ。



ふと、悟空が俺の袖を引いた。
「なあ、悟浄が八戒に出て行け、って言うの?。」
「どーだろーな。」
俺は備え付けの灰皿で煙草を揉み消した。
「言えねーだろ。ヤツには。」

3ヶ月前、八戒が悟浄の元に帰った時点で、お前はいつまでいるのかと
八戒に普通に訊ねておけば良かったのだ。
それをしなかった時点で、既にヤツには魔が差していたと言える。

「・・なあ、行ってみようよ。悟浄と八戒んとこ。」
「心配か?」
「うん。」
「・・面倒くせえ。」
「なあ、三蔵!!。」



まあ、確かに、誰にでも魔が差す瞬間はある。

「そのうちな。」
「うん!。」

例えば俺が、このサルに手を差し伸べたように。


- 続 -

 


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