続きです。




彼のベルトに手をかけながら、僕は涼しい口調で聞いた。
「いつもは、どんなふうにしてもらうんですか?。」

バックルを外すと、右手で一方を強く引く。
シュッ、と風を切って、まるで鞭のように皮のベルトが僕の手に収まった。
僕はそれを二つ折にして、彼の目の前で、パン、と両端を引いて見せた。
「お好みなら特別コースもご用意できますけど。」

「してもらった事なんかねえ。」
「嘘でしょう。経験豊富なあなたが。」
彼の声はかすれていた。
冗談半分に僕をはぐらかす、いつもの彼の声じゃない。
「俺はいつも、する方だ。」

彼の答えに僕は満足した。
それならば、あなたを犯すのは僕が初めてになる。
僕は皮のベルトを投げ捨てて、両膝で立ち、可能なだけ彼に接近した。
「じゃあ、僕のやり方でいいんですね?。」

僕はにっこりと微笑んだ。
こんなふうに笑える時、僕はきまって怖いと指摘される。
何故だろう。
彼も今、そう感じているんだろうか。

彼に片腕を回すと、引き上げるように上を向かせた。
当惑した紅の瞳に、今更可不可なんて問えない。
片手で彼の頬を包み込んだ。
お願い。僕から逃げないで。

覆いかぶさるように僕は唇を求めた。
熱いぬめりの中で舌を探しながら、
膝立ちの腰を彼の締まった腹筋に押し付ける。
ジーンズの上からでも、僕の高まりに気付くだろう。

彼は身体をを支えるように両腕を後ろに付いたままで、
僕のベルトに手をかけようとはしない。
せめて、抱きしめてくれたらいいのに。

十分に求められたあと、解放された彼の唇が動く。
「お前・・、本当に八戒か?」
僕は彼に柔らかく微笑んだ。

あなたは僕を知らない。

どれが本当の僕かなんて僕自身分からないけれど、
こうやって一番伝えたいことをすり抜けて誤魔化して
僕はなんとか日常を過ごしてきた。
そんな方法しか、僕は身につけてこなかった。
今気付いても手遅れだった。

「今更何言ってるんですか。」
そう、それは僕自身に向けた言葉。

「僕が誰かなんて考えてる場合じゃないでしょう?。」
僕は彼のジーンズに手をまわした。
リーバイス501は一番上のボタンにさえ手をかければ
あとはちょっとしたヒキでボタン全てを一度に外せる。
僕の手の平にもおさまりきらないそれに顔を寄せて、
僕は彼の膝の間に身を屈めた。

ウソ・・と彼のくぐもった声が僕の頭上を通り過ぎた。


「もういい!。俺が悪かった。冗談だったんだ。悪イ!。八戒!!。」
聞こえない。何も。

僕は、喉の奥まで彼を包み込んだ。
声にならない吐息のような彼の喘ぎを僕は聞き逃さない。
口と手をどう使えばいいかは心得てる。
だって僕たちは、ビックチェリーには分からない快楽のラインを共有しているのだから。
おまけに僕はほら、こんなにも器用だし。

僕の中にあなたを解放して。
そうすればあなたは僕を離せなくなるかもしれない。

「・・ダメだ、八戒・・」
僕を呼ぶあなたのかすれた声が、こんなにも僕を揺さぶる。
「イッちまう。」
求め過ぎなのは分かってる。だけど我慢できない。
入れさせて。僕を。
そんな台詞のためについあなたから口を離して
見上げると切ない紅の瞳と僕の視線が交錯した。
「ん・・」
瞬間、痛みをこらえるように引きつったあなたの表情に僕は見惚れていた。
ふと、頬に生暖かいものが触れた。
大事な瞬間を包み込めなかった後悔を補うために、
まだ痙攣するそれをもう一度口に含んだ。
あなたを飲み下す僕を、あなたは軽蔑するだろうか。




「抱きしめてもいいですか。」

あなたが黙って僕に手を伸ばしてくれたから、
僕は安堵で倒れ込むようにあなたを胸に抱いた。
軽い運動の後のように弾む鼓動を、こんなにも近くで感じた。

「まいったな・・。」
口をついて出たシリアスな口調をとりなすように、
白々しいくらい明るく彼は言い直す。
「いやあ、そしたらお返しって事で。」

「せっかくだけど無理です。」
ジーンズの上から僕を探り当てた彼の手は、言うまでもなく悟っただろうけれど。
「僕、あなたと一緒にイきましたから。」
「・・。」

なぜかがっくりと脱力した彼を抱いて、僕はいとおしい紅に顔を埋めた。
「好きなんです。」
言えた事が信じられなかった。
「ああ。」
薄い汗を滲ませた肌は、うっすらと麝香の香りがした。
「言わなくてもいーんだよそんなコト。」


大事なことがようやく言えたのに、迷惑ですかとは聞けなかった。
ただ、彼の感触に僕は自分を埋めた。
ずっとこんなふうにあなたを感じたかった。
そのためにあなたを奪った僕に、
それを問う権利はなかった。




翌朝。
目覚めると彼のベッドは抜け殻と化していた。
こんなことは今までには無い。

彼がいないということは朝食を作る必要も無いという事だ。
果たして何を為すべきか。
部屋を片付け尽くすあたりが妥当だろうか。
タオルやらシーツやらを洗濯機に放り投げて、待ち時間には床を掃く。
合間に夕食の献立を考える。
普通に、殊更に普通に行動する。

夕餉の買い出しはどういう順番で店を廻ろうか。

だけど僕のもう一方の頭は
彼がもう戻らないかもしれないと、
その事ばかりを繰り返し考えていた。

- 続 -

 


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