続きです。





「ただいまあ。」

結局、俺が戻ったのは夜中過ぎだ。
得意のポーカーライブも何だか今日は勝てる気がしなかったし、
さっさと引き上げても良かったんだけど。
ヤツの思い通りに動くのもしゃくだろ。

そんなら朝帰りでもしてやりゃいいんだけど。
実際そこまでの勇気もないわけよ。
中途半端だよなあ何か。俺自身すっきりしねえ。

って返事がないや。
夜中過ぎって段階でもう怒ってんのかね。
来るなら来いよ野郎。
今度は手加減しねえ。
昼でお前の怪しげな技も見切らせてもらったしな。

「来いよ畜生!。」

叫びながら部屋に上がりこんだものの、
俺は目の前の光景に脱力した。
ヤツは居間のソファに横たわって眠りこけていた。
なんだよもう。
(・・助かった。)

居間の低いテーブルを挟んだ向かい側のソファに俺は腰を下ろした。
そーすると、嫌でもヤツの端正な寝顔を見つめる羽目になった。
ついさっきまで膝をそろえて几帳面に座ってたけど、
つい睡魔に負けて倒れこんだとか、そんな感じだ。
夕べもこんなふうに、俺の帰りを待ってたんだろうな。
(バカみてえ。)

ホントは見た目より広いその肩幅も今はソファの上で丸まって、
こじんまりとまとまった華奢な細身はまるで猫みたいだと思った。
なんだろ、アメリカンショートヘア?。
イヤ。も少し品があってお高くとまったヤツ。
そう、ロシアンブルー。由緒正しい翠目。
(こりゃ高いな。)

そのロシアンブルーの翠目がさ、毎晩毎晩俺の帰りを待ってるわけ。
まいったよ。
まいるでしょ普通。
あなんかヤバくなってきそう俺。

俺はそそくさと立ち上がって台所で酒を探した。
適当なグラスに氷を突っ込んで安いバーボンを注ぐ。
グラスを片手にソファに戻っても、
幸なのか不幸なのかヤツは眠ったままだ。
もしかすると夕べ寝てないのかもしれねーな。

眠った猫は悪くない。
なんたって、引っ掻かれる心配が無い。
凄みのあるあの坊主の綺麗さとは一味違って、
何がイイってよりダメなとこが何もナイ整った寝顔を肴に、俺は強い酒を舐めた。

こんな綺麗な猫がさ、ある日落ちてたわけよ。俺の目の前に。
拾う。
拾うだろそりゃ。
血塗れで内臓ブチまけて、俺の事軽蔑したように見上げようが拾うよ。


魅入られたんだ。
俺はもうあん時、既に。

まだロクに氷が溶けない酒を俺はひと息にあおった。
それでも何故か酔えそうにもなかった。

(「好きなんです。」)
『あの時』のヤツの声が、ふと耳元に甦った。
鳥肌が立った。
ほんとは思ってたんだ。
そんなふうに言われねーかな、なんて。

だけど、違う。

言われて分かったけど、俺が待ってたのはそんな言葉じゃない。

もしかすると、コイツほんとに気付いてないのかもな。
鈍いって女に言われまくるこの俺さえ気付いてる事に、
お前自身気付いてないのかもな。
それとも何か、俺の勘違いか?。
違うよ。
確実に違う。
まあ、確証は・・ナイな。

試してみるか。
でもどうやって。
ってそんな事かよ。
だって他にする事もナイでしょ。

俺はグラスを置くと、低いテーブルを跨いで超えた。
眠りこける猫の傍らに座り込んで、
軽い寝息をたてる横顔を覗き込んだ。
いつもは口うるさくておまけにテクニシャンときやがるから、
俺が何かを問いただす間なんかない。
だからって、こんな方法で何かが分かるのかどうかもわかんねえんだけど。
たまには俺の思い通りにもなりやがれクソ。

俺はロシアンブルーの削がれた頬に手を伸ばした。
滑らかな肌を包み込むように手を添えて、顔を寄せる。
猫はそれでも目覚めずに、夢の中で誰かに出会ったように軽く身じろぎをした。
唇を寄せた俺の下で、喘ぐようにヤツの唇が動いた。


「花喃・・。」
微かに漏れたその言葉が、俺の体温を奪った。

俺はそっとヤツから手を離すと、その場に座り込んだ。
ホラみろ。
そうなんだ。
そういう事なんだよお前は。
俺の勘違いなんかじゃない。
分かってんだよ俺。

お前は俺に惚れてなんかいない。


眠ったままのヤツの目尻から、
一筋の涙が零れ落ちた。

(バカ野郎。)

泣きたいのはどっちだと思う?。


- 続 -

 


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