続きです。





「おかえりなさい。」

殊更に普通の声音のヤツが台所から現れた。
手にした小さな丸盆の上には湯飲みが1個乗っている。
ヤツは微笑みさえ浮かべて俺に聞いた。

「お茶にします?。」
「あ、ああ、いいよそっちで飲むから。」

オイ、ヤツにつられて至極普通だぞ俺。
ヤツ怒ってんだろ、何なんだよ、実はそうでもナイの?、
ところで俺もう普通に動いて大丈夫?。

玄関から部屋に上がりこもうとした俺の前に、
ヤツは立ちはだかって湯飲みを差し出した。
と思いきや、いつもよりデカい湯飲みは何故か俺の頭上に突き出された。

「甘く陳腐な香りですね。」
「俺?。」
「誰の残り香でしょう?。」
「き、気のせいじゃねえ?。」
「そういう安っぽい香水、僕大嫌いなんです。」

天使のように微笑むヤツと間近に見詰め合いながら、
俺はヌルい湯が脳天に降り注ぐのを感じた。
あーいつもと違って寿司屋のデカい湯呑みなのは始めからそういうつもりだからね。
ブッ掛けられた茶は長髪を伝って、俺の顔面をまんべんなく塗らした。

「ああ。つい手がすべっちゃいました。」

俺は自分の血管が切れる音を聞いた。
コイツを叩きのめす。
それ以外有り得ねえ。
俺は濡れた髪の間からヤツを見据えた。

「・・表へ出ろ。八戒。」
自分でも思いがけない程低い声が出た。

「望むところです。」
ヤツの瞳の奥が一瞬冷たく光った。

ナメんなよ野郎。俺は喧嘩じゃ負け知らずだ。


玄関先から踵を返して俺は外へと踏み出した。
俺の後を付いて来たヤツの気配は背中で感じ取った。
俺は既に戦闘体制だ。
今更詫び入れたって遅い。

ヤツが玄関から両足を踏み出した瞬間を察知して、
俺は振り向きざまにハイキックを蹴り出した。
脳天直撃だ。ざまーみろ。
ヤツは何が起こったか気付く間もなく真横に吹っ飛ぶ・・
ハズだった。

「お?。」
意表を衝いた身軽さで身を沈めたヤツの片足が、俺のくるぶしを蹴った。
ハイキックの最中に軸足を蹴られて、俺は真横に吹っ飛んだ。
避けと攻撃が完全に同時だった。素人じゃ有り得ねえ。何だコイツ?。
「野郎!。」

もう面倒くせえ。
俺は起き上がりざま、身を起こしたヤツに駆け寄っては胸倉を掴んだ。
それからブン殴った。
しかしストレートの拳は何故か鼻先でかわされた。
ヤツは軽く腰を落として俺の胸元に手の平を突きつけた。
殴られたわけじゃない。押されてもいない。と思う。
なのに俺は正面に吹っ飛んで地に腰を落とした。
「何だあ?!!!。」
「気功です。あなたの前で使うのは初めてでしたね。」

地面にすっ転んだままの俺にヤツが歩み寄った。、
さっき俺がヤツにやったように、俺は胸倉を掴まれて引き起こされた。

「見えますか?、普通は防御に使うんですけど。いろいろと応用もきくんです。」
ヤツは空いてる方の手を俺の目の前にかざして、
何か乗せてるような妙な形にして見せた。
ヤツの手の上には何も無いにもかかわらず、
青白いオーラのような影が揺らいでいた。

恍惚を浮かべたように俺に柔らかく微笑んで、
ヤツはその青白い手をゆっくりと振り上げた。
(殺される・・。)
女とヤっただけなのに。
俺は思わず目を閉じた。

ありがとう今までやらせてくれた女。
そしてさようならまだやってない女。
生まれ変われたらきっとどこかで。


暫く待っても衝撃は訪れないまま、何故か胸元の手は振り解かれた。
俺はそのまま後頭部を地面に打った。
目を開けた瞬間俺が見たものは、
八戒の前にに立ちはだかる見覚えのある白い法衣だった。

「何やってんだお前ら。」

八戒に向かい合った三蔵の手が、振り上げられた青白い腕を押さえていた。
白い法衣の裾は風に吹かれて、
俺の目の前で神々しくもはためいた。
最悪。
激悪だ。
俺はクソ坊主括弧美人に助けられたってか?。


「ええと、軽い運動を。ね。悟浄。」
「・・。」

寝転んだ俺の顔を覗き込んだバカ面は悟空か。
「へへ。悟浄負けてたろ。」
「黙れこのサル!。」

俺はサルをひっつかむと、ボコボコにぶん殴った。
的は小さいが殴って当たる分だけストレス解消にはなる。
その点八戒よりはかなりマシ。
多少問題があるとすれば、殴った同じ分もしくは2割増し程度で殴り返される点だ。

「・・とめた方がいいと思います?、三蔵。」
「ほっとけ。疲れたらやめるだろ。」

クソ。
覚えてろ貴様ら!!。


- 続 -

 


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