続きです
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「気になります?。」
安宿の一室、僕の問いかけに、悟空は口の中で小さく「うん」と呟いた。
僕の疑問詞には「三蔵のことが」という主語が省略されているのだけれど、それは敢えて言うまでもない。
いい加減寝てもいい時間だが、隣室に悟浄と三蔵が戻った気配は無かった。
悟浄にあんなコトを宣言した僕にとって、これはまさにうってつけの契機と言えた。
しかし余りのタイミングの良さに、切り出し方を検討する間も無い。
悟空はベッドの上で枕を抱いたまま、暗い窓の外に見入っている。
三蔵が戻るその物音を聞き逃すまいとする姿は、律儀に主人の帰りを待つ愛犬を連想させないでもない。
同室の僕なんて少しも気にかけていない彼の小さな背を、僕は憧憬を込めて見つめた。
こんなふうに誰かを想う夜がこれからの僕に訪れる事は無いだろう。
だけど、それでいいに違いない。
想いに忠実であることが他人を傷つける事もあるのだから。
特に、僕の場合は。
「今日はもう、三蔵の帰りを待たない方がいいかもしれませんよ。」
「・・待ってる。」
「三蔵が、待たれたくないだろうと思うんですけど。」
同じベッドの上、悟空の隣に腰掛けた僕に、悟空はようやく振り向いた。
「なんで?。」
「あの人が悟浄と夜遊びしたかったんだと思います?、きっとひとりになりたかったんでしょう。」
「・・あ。」
傍目にもはっきりと分かる程に悟空は肩を落とした。
ベッドに深く座り直して、僅かに浮いた両足を所在なく揺らす。絵に描いたような落胆だ。
彼を落ち込ませるのは何より気が進まない事のひとつだけれど、
この辺をちゃんと言い含んでおかないことには三蔵は永遠に寝不足で体調不良だし、
いずれはキレて殴ったり蹴ったり撃ったりする事になる。
さすがに悟空を殺しはしないだろうが、「殺しそう」くらいまではやりかねない。むしろ、やる。
「やっぱ、三蔵、俺のこと嫌いかなあ。」
「三蔵はあなたの事が好きですよ。」
「なんで八戒そう思う?。」
「僕には分かります。」
「でもさ、じゃあなんで・・。」
なぜ三蔵は自分との接触を拒むのかと、その問いを悟空は呑み込んだ。
3年前の彼なら、口にできない問いなど無かっただろう。
いつの間に彼は大人になっていく。
だから僕たちの関係も、変わっていくのが正解ではないだろうか。
それともそれは単に、僕自身に都合のいい解釈だろうか。
僕は無言で悟空を引き寄せた。
少年から青年へと変わりかける未だ華奢な肩幅を抱き締めては、栗色の髪に顔を埋めた。
この夜の闇にも染まらず、彼の髪には暖かな陽光の残り香が染みついていた。
決して届かない陽の光に手を伸ばす代わりに、太陽に愛された月を抱き締める。
冴え渡る銀の輝きの前にひざまづき、至高の黄金に胸を焦がす。
それは、例えばの話。決して僕の事じゃなくて。
「な、何!?。」
「こんな風に、三蔵を抱き締めたかったんでしょう?。」
「え?!。」
「それとも抱き締められる方が?。」
「ええ?!」
「僕はどっちでも大丈夫ですから。多分。任せますけど。」
「えええっ?!」
多くを語らず場の状況を読んで云々というのは、悟空にはやはり無理らしい。
僕の腕の中で硬直した、いたいけな瞳の山猫を、僕は一旦解放した。
「三蔵はあなたの事好きです。それは保証しますけど。でも彼に色々と求めるのは酷かもしれません。」
「なんで。」
「さあ。」
僕は小さく肩をすくめた。あの人のそのヘンがどうなっているのかは僕自身が知りたいところだ。
「わかりませんけど生理的に拒絶しちゃうみたいですね。」
「・・?」
「いずれ変わる可能性はあるにしろ、少なくとも今は無理でしょう。そのヘンは個人差がありますから。」
「俺じゃダメってこと?。」
「逆です。あなたしかいないって事です。」
絶望と希望を織り交ぜた大きな瞳に、僕はただ微笑んだ。
何物をもかえりみず誰かを想う、その純粋さを僕が捨てたのはいつだったか。
確か、そう遠くはない昔。
「三蔵の事は長期戦の構えがいいと思いますよ。その代わり。」
「へ?。」
もう一度手を伸ばした僕をかわすように、悟空は仰け反ってベッドに倒れ込んだ。
彼を追って覆い被さる僕の目に映るのは、痛ましい程に不器用な野生の獣。
戸惑う大きな瞳に見とれながら、僕は片手で彼の頬を包み込んだ。
親子や教師のそれとも違う愛撫の感覚に、彼が気付かない筈は無い。
大人になりつつある彼は、まさにそれを求めていたのだから。
まあ、相手が違うにしても。
「え、ええと。」
「大丈夫。任せてください。」
「ええと、やっぱ。」
言葉とは裏腹に、僕の指先が辿る彼の肌は確かな快感を伝えていた。
「大丈夫です。あなたの心まで奪おうとは思ってませんから。」
本当だろうか。僕はふと自分に問いかけてみたりする。
「まあ、そうなったらいいなあなんて下心はあるかもしれないけど。正直過ぎますかね。」
「は、八戒、俺良く分かんない。」
「そうですね。僕も良く分かんなくなってきました。」
僕を牽制して質問を次ぐ悟空の唇を塞ぐために、僕は彼に覆い被さったまま顔を寄せた。
後は本能が僕達を導いてくれるだろう。
しかし、彼の感触を感じたか感じないかというところで、僕は両肩を掴まれていた。
いざとなったら彼には力でかなわないという事実を、ようやく僕は思い出していた。
男としてのプライドをいささか傷つけられないでもないが、まあ相手が悟空なら仕方ない。
「八戒ゴメン。俺、も少し我慢する三蔵のこと。」
「ええと。」
「ホント。約束する。」
「ええと。それは助かりますけど。なら尚更捌け口がないと大変でしょう?。」
「そそれはそう。」
「大丈夫ですって。この件で三蔵に撃たれるとしたら僕ですし。」
今度こそと顔を寄せた僕は、繰り返し肩を押されて引き離された。
相手が自分より力持ちというのはこうも不都合なものらしい。
「やややっぱダメ。」
「僕じゃダメ?」
「そそれはイイ。うわ、じゃなくて。」
「じゃなくて?。」
「傷つける。」
見返りのない恋に、彼はどこまで誠実であるんだろうか。
「傷つく?。受け入れられないのは三蔵なのに?。」
熟れ始めの果実をベッドに押さえ込んだ絶妙のシチュエーションで、
僕らはさっきから埒のあかない会話を繰り返している。
この辺の手際は、器用さだけでは間に合わない要素があるのだろうか。
悟浄にそれとなく確認しておくんだった。
「三蔵じゃなくて。」
「じゃ誰?。」
「だ、だって、八戒、三蔵の事好きだろ。」
僕の中で、瞬間、時間が止まった。
- 続 (3/4) -
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