続きです
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「ただいまあ。」
一泊だけ予約した宿屋に戻るのにそんな台詞もどうかと思うが、
他に適当な文句も浮かばない。
村外れの飲み処から寄り道もせずに悟浄が帰った宿屋の一室では、
既に先に戻ってたらしい相棒もとい雇い主が、
缶ビール片手に煙草をふかしている最中だった。
「あれ、三蔵早いじゃん。」
「ああ。ヤツは村でも知れた顔らしい。
聞き込みが手っ取り早く終わって助かった。」
「そお。」
いつもならつまならい軽口なんかを切り出すはずの悟浄だが、
今日に限ってはそんな気分にもならない。
備え付けの冷蔵庫から自分も缶ビールを取り出すと、
冷えたアルコールをあおりながら三蔵の向かいに腰を下ろした。
しかしロックのあとの缶ビールはただの炭酸水のようで、酔いたい気分なのに酔える気がしない。
特に切り出す言葉もないままに窓の外に目を向ける。
時間的にはもう夕方というより夜だが、
陽が落ちたばかりの空はまだ昼の薄明かりを残している。
薄赤い残照の空には、下弦の月が作り物のように浮かんでいた。
妙な光景だと、悟浄はぼんやりと思う。
「で、そっちはどうなんだ。」
「まあ、読み通りっていうか。」
「飲み屋の経営者が20年来の指名手配犯ということで間違いないな。」
「ああ。」
「まさかとは思うが、」
あとに続く台詞の前に三蔵が必要以上に間をおいたせいで、
悟浄はふと窓外の景色から三蔵に向き直っていた。
片手に缶ビール、もう一方の手には吸いかけの煙草、
そして斜視気味に悟浄を見据える三蔵の挙動は、いつもの事ながら最高僧というよりヤクザに近い。
しかしその素行不良のヤクザは街でも中々お目にかかれない絶世の美形だったりするから、
美人はほっとかない主義の悟浄としてはなんとも複雑な気分になる。
野朗じゃなければ、と、過去何万回思ったことか。
しかし今はそれはどうでもいい。
「まさかとは思うが貴様、指名手配犯に『指名手配犯を探しに来た』なんて言ってねーだろーな?」
「ま、まさか。」
「だから『まさかとは思うが』と言っている。」
「だから『まさか』って言ってんだよ俺も!。」
美人との睨み合いは分が悪い。
しかし今は睨み合うくらいしか方策が無い。
動揺を隠した虚勢で三蔵を睨みつけた悟浄の鼻先で、
超絶美形の最高僧はフンと鼻先で笑った。
「そ、そんな事したって俺に何の得にもなんねーだろ!。」
「まあ、それもそうだが。」
「・・なんだよもう。」
「貴様にしては妙な仕事を引き受けたもんだと思ってな。」
『凶悪犯を連行する際に三蔵様に同行する腕の立つ者を募集』
そんな貼り紙を寺の掲示板でみかけたのが、そもそものきっかけだ。
何故悟浄が寺にいたのかと言えば、酒場の喧嘩が少々大事になりついには乱闘となって、
店主の訴えで駆けつけた保安部の人間によって寺に連行されたせいだ。
似たような騒ぎは過去に何度も何回も起こしている。
その為に、寺は悟浄の第2の家となりかけている。
寺の人間とも今は大体が顔見知りだ。仲がいいか悪いかはともかくだが。
いつもなら視界を素通りするだけの貼り紙だった。
なのにふと目が止まったのは、その行き先に昔暮らした村の地名を見たせいだ。
仕事を受ける振りで、事件の詳細を聞いた。
当時10代後半の男が血の繋がった母親を切り殺したという事件。
指名手配の男は、悟浄の最悪の想像通りに『彼』らしいとその時に知った。
そして『彼』の知人だとは告げずに仕事を引き受けた。
言えば雇われるはずが無い。
「博打専門の貴様が何故こんな面倒な仕事を請けた?」
「そりゃアレだ、その。最近金欠ってゆーか。」
悟浄の言葉を信じたのかそれとも疑っているのか不明なままに、
三蔵は悟浄を見据えて紫煙を細く吐いた。
「それよりアンタが同伴者募集する方が意外だと思うケド?。」
「募集をかけたのは寺の人間だ。」
「なんだ。」
「独りで行くと言い張れば坊主達が煩い。」
「いつもはアレ連れてくんじゃねーの、ちっこいの。」
「悟空か。」
「それ。」
何物にも臆さない傍若無人の麗人が、謎のタイミングでふと言葉を詰めた。
些細な違和感に、悟浄は敢えて聞いてみた。
「何で今回は悟空連れじゃねーの?」
「・・危険過ぎる。」
「はあ?。」
「妖怪の集団ならむしろ問題はないが、今回の連行対象は親族を殺した凶悪犯だと聞く。」
「はあ。」
「そんなのに多少の頭脳戦で仕掛けられてみろ、悟空に勝ち目があるか。」
「はあ。」
つまり。
三蔵は悟空の身を案じたらしい。
一見、暴力三昧の恐るべき保護者だが、その実意外と過保護で保父サンなのかもしれないと思うと、
悟浄の頬にはついニヤけた笑みが浮かんだ。
「何かオカシイか。」
「滅相もないデス。」
「なら何故笑う。」
「笑ってないし。全然。」
言葉とは裏腹にニヤケ顔が戻らない悟浄に愛想をつかしてか、三蔵はおもむろに席を立った。
或いは単なる照れ隠しかもしれないが。
「先に寝る。」
「・・襲っちゃおうかな。」
「今すぐ死ぬか?」
「遠慮します。」
「明日朝早々に殺人犯を連行する。対象が暴れるような事があれば貴様の出番だ。」
「ヘイ。」
「お前も早く寝ろ。」
悟空にでも言い馴れているのだろうか、どこか父親めいた台詞を残して
三蔵は先にベッドに潜り込む気配だ。
扇情的と言えるかもしれない衣擦れの音を背景に、
悟浄は闇が落ち始めた空を見上げた。
今や陽の残照も消えて、下弦の月は己自身の光で薄い闇から浮き立っていた。
(さすがに老けてたな、アニキ。)
酒場で垣間見た彼の後姿、既に青年の域を超えた侘しい男の背中が、
悟浄の脳裏に浮かんでは消えた。
ただ情報だけを残し、声もかけずにその場を立ち去った悟浄の思惑を、
彼は一体どう受け止めたのだろうか。
- 続 (2/4) -
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