続きです
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「綺麗な紅ですね。」
昼下がりの街路、屋台の八百屋の店先で、
天使のように微笑む人当たりのいい死人。
余裕を見せた愛想笑いで応えるつもりが、
俺は口の端を引きつらせて「ヘッ」とかうわずった声を漏らす結果となった。
まだ取り憑かれるような事はしてなかったハズだ。
イヤ「まだ」って何だ。
どうにもこうにも
ここはひとつ逃げるに限る。
「じゃそういうことで。」
「・・コラ。」
去りかけの俺の肩口を、屍体は思いがけない力で押さえ付けた。
俺は思わずぎゃっ、と踏まれた猫のような声をあげた。
「死んだんだろお前は!。」
「失礼ですね僕が死体に見えますか。」
「じゃ生きてるって証明しろ!。」
「無茶なひとだなあ。」
ヤツが証明の方法を考え始めたその隙をついて走り出そうと、
俺はこっそり身を引いた。
しかし俺の二の腕を掴んだままのヤツの手には、俺が引いた分だけ力が加えられた。
屍体らしくもない癒し系のスマイルで、ヤツは野菜売りの女に向き直った。
おそらく他人には、俺は軽く触れられているようにしか見えない。
通りすがる誰しもが、この無難な笑顔の男が今俺の腕をもの凄い力で握っているとは思わないだろう。
「おねーさん、生きてるの証明する方法ってあるでしょうか。」
「ええと・・。足、ある?」
「ああ。なるほど。」
「そうじゃなくて!。お前は死刑になったってクソ坊主が・・」
俺が最後まで言い終わるより先に、ヤツは俺のバンダナの後頭部に手を回した。
ヤツの手に押されて一礼を強要された俺の目の先には、
俺の額を割るかのように軽く上げられたヤツの膝頭が、俺の顔面に紙一重で寸止めされた。
「ありますよね。足。」
「・・ハイ。」
「確認しましたね。」
「ハイ。」
結構です、という許しの言葉と同時に俺は解放されたが、
今うっすらと生命の危機を感じた気がして、俺は硬直した。
「と、林檎買うんですか。」
「お、おう。」
「それはいいですね。じゃ、おねーさん、林檎あと3つ。」
「はーい。」
「コラ。お前が払うんだろうな?」
俺の目の前で足のある屍体が微笑んだ。
死にかけで俺の部屋で暮らしていた頃と少しも変わらない整った笑顔に、
迂闊な俺はついみとれそうになった。
「僕がお金持ってるわけないでしょう。なんせさっきまで死んでたんだから。」
「・・。」
そのまま死んでろ。クソ。
◇◇◇◇
「一体何。死刑にならなかったワケ?」
街路の雑踏の中、俺は林檎4個入りの紙袋を片手に、ヤツと肩を並べて歩いた。
失ったハズの同居人と思いがけない再会を果たしたというよりは、
こんな風にヤツと過ごす羽目になるのが俺にとって普通の展開であるような気がしないでもなく、
何とも言い難い感覚だ。
「ええと、一応死刑にはなったんですけど。」
「じゃやっぱ死体じゃん。」
「別にいいんですけどね。死体という事でも。」
「まあな。」
何が「まあな」か自分でも分からない。
細かい事はどうでもいい気分になって、俺は歩きながらハイライトをくわえた。
紙袋の林檎がじゃまで上手く風を避けられない俺の手からジッポーを奪って、
ヤツが手で風を遮りながら俺に炎を差し出した。
荷物の林檎の方を持ってくれと思わないでもない。
「一応死刑にはなったんですけど。」
「ん?」
「猪悟能は死んだということで。」
「はあ。」
「僕は『八戒』ということらしいです。」
「へ。」
あの超絶美人の入知恵か。
あんの野郎。
クールなふりしやがって人情派か?、
それともやたらと整ったコイツに少々思い入れあったりしちゃったりして。
・・まさかな。
「クソ坊主。」
つい言葉を漏らした俺を笑って、ヤツが俺の隣でクスクスと声をあげた。
俺はただ吸い慣れた煙草の煙を口の端から吐き出した。
小さく腹の立つことは色々とあるが、全部ひっくるめて総じてみれば、
まあ、俺も気分は悪くない。
「ね、三蔵のとこ行きましょうよ。」
「だるいな〜。」
「どうせ暇でしょ。」
「き・め・つ・け・ん・な。それに今から行ったら帰り夜だろ。」
「いいじゃないですか別に。せっかく林檎4つあるし。」
「あ。野郎。初めからそういうつもりだったな!」
まあまあ、とか適当な台詞でヤツは曖昧に笑った。
「それに、悟浄のとこで暮らすって報告したら三蔵も安心すると思うし。」
「へ?。」
「意外とお人好しで心配性なんですよあのひと。そうは見えないんだけど。」
あなたに似てるかもしれませんねとか呟いたヤツの骨張った肩先が、
ゆっくりと俺の脇を擦り抜けた。
それからヤツの背が俺の目の前で遠くなっていくのは、
俺が思わず足を止めたせいらしい。
今何て言ったアイツ。
俺のとこで暮らす?、聞いてないぞ?!!。
聞いてないぞ俺は?!!。
くわえた煙草の先に伸びた灰が風に吹かれて
俺のランニングの胸元に飛び散るのもそのままに、
俺はヤツの短髪の後ろ姿から目が離せないでいた。
あの整いまくってでも後ろから見ると寝癖で髪がちょっと立ってるのが俺のとこで暮らす?!!。
確かにこないだまで置いてやってはいたけど、これからずっとか?!、
ずっとなのか?!。
俺の視界の先で遠くなっていくちょっと寝癖の後ろ姿は、
ふと脇に話しかける素振りで俺がいない事に気づいたんだろう。
振り返って俺を探し当てたヤツは、短く叫んだ。
「早く!。」
既に俺に主導権がないのは何故でしょう神様。
- 続 (2/4) -
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