悟浄の語りで。3年前。





「悟浄、ナニその髪!」

仕事か遊びか分かんない朝帰りってかもう昼過ぎの通りでは、
俺を見つけた顔見知りの女が裏返った大声をあげる。
めんどくせーなーとも思いつつ、それなりに愛想がいいのも俺。

「へへ。男前上がった?。」
「え〜。前の方が悟浄らしいっていいうか。」
「そう?」
「うん。なんかエッチっぽくて。」
「へ。」

どういうつもりの発言かはともかく、エッチっぽさは男の勲章だ。
エッチっぽいのがいいのかエッチなのがいいのかは不明なままに俺は女の肩に腕を回す。
どーせ女の言葉に大した意味なんかない。

「髪切ったところで中身は代わってないぜ?」

女の耳元に口を寄せて囁くと、女はくすぐったそうに笑い出す。

言葉の合間に耳朶に軽く息をかけちゃったりするのはもう俺の癖みたいなもんで、
口説くとか口説かないとか決める前に身体が勝手に動く。
まあ、口説くと決めることはあっても、口説かないと決めることは無い。

「今晩アンタの店行くよ。」
「嘘ばっかり。」
「俺嘘なんかついた事ないっしょ。」
「じゃ自覚してないのね。」
「へ?。」
「夜になったら忘れてるくせに。」

恨みがましい瞳に睨まれて、俺は具合の悪さをごまかすように長髪を掻き上げた、
・・つもりだった。
今や無い髪を掻き上げた手は俺の頭上を空振りして、
何の為に振り上げたのか分からない腕を降ろす理由も探せず、
俺は俺を見上げた怒り顔の女の前で、妙なポーズで固まった。

「ま、万が一思い出したら来てちょうだい。」

まるでガキを扱うみたいに、女は身長差20センチの俺に手を伸ばすと、
バンダナを捲いた俺の頭をグリグリと撫で付けた。

「・・どーも。」

じゃあね、と笑って女は背を向けた。
メリハリの効いたラインを見せつけるように、尻を揺らしながら遠くなる後ろ姿を見送って、
俺は短髪にバンダナの後頭部を撫でてみたりする。
慣れない感触だ。

(夜になったら忘れてるくせに。)

前にも聞いたような台詞だった。
なんだっけ。

ポケットから取り出したハイライトをくわえると、俺は女の尻から視線を振り切った。
歩き出した昼過ぎの街頭はいつもと変わらず道の両脇に物売りの屋台が建ち並んでたりして、
客やら冷やかしやらただ暇なヤツやら、自然と人が集まっている。
喧噪は、嫌いじゃない。
いろいろとくだらない事を想い出さなくて済む。

(あ。)

どうでもいいやと思った瞬間に思い出した。
夜になったら忘れてるくせに、を何処で聞いたか、だ。
夜じゃなくて朝だ。
「朝になったら忘れてるくせに」。
酔った勢いで女を口説いてあんな事やそんな事をした挙げ句に必ず言われる台詞。

(嘘つき、ね。)

まあそうかもね、なんて思ってみる。
嘘というなら全部が嘘だ。それはむしろポリシーでもある。
何故かとゆーと。
マジになんかなるとロクな事がない。
俺にとっても他人にとっても。

「お兄さん、安くしとくわよ。」

屋台の向こうから知らない女が俺を呼んだ。
細身のボディに長い髪。おまけにビッグチェリー。
ワリと、イヤかなり、イイ女だった。
「俺?。俺、嘘つきよ?」
「お金持ってないって事?」
「イヤあるけど。ね、ほんとにアンタ?。」
「失礼ね!。」
女は突然目を吊り上げると、俺と女の中間地点を指さした。
女の指し示す先、屋台の店先には、野菜とか果物とかそんなんが並んでいる。

「・・こっちよこっち!。」
「ああ。」
野菜と女じゃエライ違いだ。

おまけに知らない女に俺は嘘つきだとかくだらない事を告白しちまった。
野菜売りの女に。
(ぼけてんなあ。)
仕方ないからなんか買って帰ろうかと店先を物色してみたが、
一体全体野菜なんか買ってどうすればいいんだろう。
塩でもかけて囓るのか?、こんな原材料では俺にはどうしようもない。

(アイツなら、色々と作るんだろうけど。)

あ。ホラ見ろクソ。余計な事思い出しちまった。
嫌なんだよそういう、なんかこの。死んだヤツの事とか。

ハイライトを口の端にくわえたまま無意識に舌打ちした俺を、
野菜売りの美人が不思議そうに覗き込んだ。

「ね、あなた嘘つきなの?」
「らしいね。そう言われるし。」
「女の子にでしょ。」
「何で分かんの?」
やっぱり、とか口の中で呟いて、イケてる野菜売りは小さく笑った。
「フられた男にって、そういうこと言いたくなるもんなのよ。」
「そうなの?」
「だから気にしない事ね。」
「そりゃご親切に。」

フるもフられるもないと思うんだけど。
だってそもそも嘘なわけだし。
嘘じゃない想いというんなら、俺はフられてばっかりだ。

ガキの頃、ありったけの真心をこめた花束は踏みにじられて、
おまけにその女は俺を殺そうとして兄貴に殺された。
得られた教訓はつまり、
マジになんて、なるもんじゃない。
まわりに不幸を呼び込むだけだ。

分かってたハズなんだけど。

クソ坊主括弧超絶美人に俺が撃ち殺されようが生かしたいと願ったあの男は、
結局自ら死を受け入れた。

全く、ガラにもなくマジになったりすると、ロクな事がない。

だから。

せめて呪われた紅を受け入れて、
くだらない嘘をふりまいて過ごす。
例えば今までがそうだったみたいに。


店先に並ぶ精のつかなそうな食材の中、
色に呼ばれてか、俺は一個の林檎を手に取った。
これなら、料理とかしなくても食えそうじゃん?。

俺の髪や瞳の紅とは少し違う、穏やかな林檎の紅を眺めて、
俺は死んだ男の言葉を想い出していた。

(戒めなんです。)

血とか熱とか戒めとか、そう言えばみんながそれぞれ勝手なことぬかしやがった。
全部嘘だ。俺にとっては。
そう思いたいのは色々と考えんのが面倒だからだ。
だけど本当は知っている。

俺にとっても戒めだという事実。

俺の熱は、辺りに血を呼び込むだけだという戒め。
マジになんて、なるもんじゃない。
(そういう意味だろ?。)

手にした林檎を目の高さに上げてキズなんかを確認する素振りで、
俺は手の上の小さな紅にくだらない事を問いかけてみたりする。
当然答えは無いわけで、それが林檎のいいところだ。
もちろんピーマンでも構わないが。



「綺麗な紅ですね。」

通りすがりの客みたいに何気なく俺の隣に立った人影が、
何故か俺に向き直ってはそう告げた。
ふと振り向いた俺は、言葉を失くして手にした林檎を落とすところだった。
例えばピーマンが口をきいたところで、俺はこれ程には驚かないだろう。

昼下がりの街路、屋台が建ち並ぶ雑踏の中で、
死んだはずの男が俺に柔らかく微笑んでいた。


- 続 (1/4)-