最終章。





その晩、夢を見た。

この世かあの世かも分からない白っちい世界に、
俺はたった一人でつっ立っていた。

辺りを見回すと、もう一つの人影に気付いた。
女だ。
細身のシルエットに長い黒髪。まあ、かなりいい女ではある。
そいつは上目遣いに俺を見据えていた。

声をかけて確認するまでもなく、
俺はその女がヤツの双子の姉とやらだと分かった。
分からない筈はない。
ヤツと同じような顔なのだから。

女は刺々しい視線で俺を睨んだ。
見た目がヤツの女版なら、本気でその気にさせてくれる女だろうと
常々妄想してたのとは違って、
なんていうのか、想像とは正反対だった。

「私、あなたが嫌いだわ。」

女は開口一番そう告げた。
歌うようなソプラノの声音が、妙に神経を苛立たせた。

「俺も。」
女に会ってヤらせて欲しいとも思えないのは初めてだ。

そう言おうとして、目が覚めた。


俺は、いつもの朝と何ら変わらずベッドに横たわっていた。
昨夜は何だかとんでもない展開だったような記憶があるが、
あれは夢だったのかもしれない。
全く、大した悪夢だ。

「・・っつ。」
起きあがって一歩踏み出すなり、俺は歩を止めた。
そのまま今起きたベッドにどっかりと腰を下ろして、俺は頭を抱えた。
「・・。」
妙なところが痛い。
という事は。

アレは全て現実だったと言うことか。
「・・。」

ふと気付いて見渡すと、隣の壁に寄ったヤツのベッドは殻。
何となく冴えない予感を抱いて、
俺は足を引きずるように居間へと向かった。

(なんだよもう。)

居間のソファでは、ヤツがひとり眠りこけていた。

前夜の気違いぶりなど、微塵も感じさせない整った寝顔。

やっぱりアレは夢だったんじゃないの?、
今朝から俺は痔になっただけで。

アレが夢なのと、今日から痔になるのと、
どっちがいいだろうとふと俺は考えてみる。
勿論・・どっちだ?。

眠ったまま俺の視線に気付いたみたいに、
ソファの上では、こんな時だけおとなしい猫が寝返りをうった。
そして、ふとあらわになったヤツの左の首筋に、
俺の目は釘付けになった。

紫に内出血したヤツの首筋の爪痕が誰のものか、
俺は、知っている。


俺はヤツから視線を振り切って、風呂場へと足を向けた。
あれは悪夢だ。
ただの悪い夢だ。
俺にとっても、ヤツにとっても。

洗い流しちまえ。
くだらない夢なんか。

俺は洗面所の鏡の前で蛇口を開いた。
勢いよく流れ出る水に手をさらす。
水に流しちまえ。
くだらないこと全部。

ふと見上げると、血色の悪い紅い長髪の男がすぐ目の前にいた。
水を滴らせた指先で、俺は鏡の男の目尻をなぞった。
目の下の古い二本の傷跡。
その傷のあいだに、まだ新しい血を滲ませたままの一本の線が
紅く横に走っていた。

俺を壁際に追いつめて刃物を振り上げた、
ヤツの無機質な瞳が、瞬間俺の脳裏に浮かんでは消えた。

蛇口から流れ出る激しい水もそのままに、
俺は鏡の上の新しい傷を指先でなぞった。

(なあ、八戒。)

俺は、無意識に問いかけていた。
それは八戒に対してなのか俺自身に対してなのか、
もう良く分からなかった。
(何やってんだ?、俺たち。)


俺はボケ老人みたいに、何度も鏡の上の紅をなぞった。

(何やってんだ?、俺たち。)





(I'm) Deep In Deep Red 4. END.

■■ 恋してるんだと、思うんですけど ■■
 


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