悟浄の語りで。最終章。





夕方の小雨にうたれて、俺は寺から自宅までの山道を駆けた。
一体全体何が起こったのか。
俺は三蔵に何かを仕掛けられたのか。

単に口説かれたとは思えない。
なぜならば。
(都合良過ぎるじゃん、俺に。)

あるだろーかこんな幸運が。
イヤここはひとつあると仮定してみよう。

(スゲエ!。)
・・それだけかよ。
何のための仮定だ。

てか何か最近モテまくってない?俺。
そうなんだよなあ。
しかも野郎限定。
ムチムチのハニーには財布抜かれてたわけで。
「あ。」
そういえばそうだ。あの美人の坊主も野郎だった。
(・・・。)

まいった。
そうだった。
大事な事を忘れていた。
野郎だぞ?。

これは例えるなら痔でケツが痛い時に
激ウマの韓国冷麺を差し出されたようなもんだ。
食うべきか食わざるべきか。
それが問題だ。

ま、ホントはそんなに悩んでないんだケド。
据え膳は食うでしょ。
ケツが痛いのは後だ。痛くなったら考える。
それに受けんのは俺じゃねーしなおそらく。
ケツ痛いわけもないか。
「あはは。」

面白いか?、そうでもねーな。

しかしアレだ。
絶妙のタイミングで降り出す雨というのはどういうもんか。
(ヤツの牽制みたい・・。)

ま、気にしない気にしない。
雨の夜はさすがに帰るけどさ。
三蔵にはまたの機会にお願いしよっと。
(へへ。)

良く分からないまま幸福な結論が出た頃に、
俺は自宅に辿り着いた。

「ただいまあ。」

ドアを開けて上がり込むと、台所からお帰りなさいというヤツの声が聞こえた。
明かりが灯った室内に漂う、夕餉のあったかい香り。
食事の準備中なのだろう、台所からは俎板に包丁があたる規則正しい音が響いた。

家、って悪くないな。
旅行から帰ってきてよく「自宅が一番」とか言うらしいじゃん、
そんな事今まで思ったことなかったけど。
こんなふうに帰ってきて明かりがついてて、旨いメシの匂いがしたりさ。
つまりそれって誰かが俺を待ってるってわけで。

ヤツは手が離せないんだろう、台所から居間の俺に話しかけた。
「ご苦労様、大変でした?」
「ん〜まあボチボチ。」
俺はその辺から探したタオルで濡れた髪を適当に拭いて、
ついでに俺の血や他人の血やらも拭ける分は拭いた。
ヤツにケガを大袈裟に心配されてもなんつーの?、照れ臭いしさ。
そこそこに汚れを落として俺は居間のソファに腰を下ろした。

「ん?」
俺の視線は目前のテーブルに積み重なる見慣れない本に釘付けになった。
何気なく手に取って俺は絶句した。
何故ならば。
 『 How to Making LOVE 』
 『愛し方講座〜ほらもうこんなに』
 『エクセレント・ラブ』
こんなんばっかりだ。

「何コレ!。」
「見ましたね。」
突然耳元で囁かれて俺は飛び上がりそうになった。
いつのまに移動したのか、ヤツはソファの後ろに回りこんで
床に膝をついては、背後から俺を覗き込んでいた。

「見るだろ!、目の前にあったんだぞ!。」
「それでいいんです。見てもらうために置いたんですから。」
「はあ?!。」

「いろいろと思うところがありまして。
更なる極みを目指そうと思って気付いたんです。」
「な何に?」
「共同作業なんですよねこういうのって。」

ソファの背もたれに乗せた手の上に片頬を重ねて、
ヤツはうっとりと俺に笑いかけた。
「だからあなたにも協力してもらわないと。」

俺はクモの巣に架かった虫のように
ヤツの視線を振り切る事ができずに、
見詰め合ったままソファの上でほんの少しずつ後ずさりした。

「まあ、今ここでどうこうってワケでもないですから。
夕食は居間がいいですね。準備します。」

台所に消えたヤツの後ろ姿に、俺は思わず安堵の溜息を漏らした。
(助かった・・。)
「ああでも暇な時には見ておくように。
イメージトレーニングが重要です。」

なぜだ。
何故お前が指導教官なんだ。

しかしそんな問いを迂闊に口にしたら最後、
じゃああなたがリード取ってくれるんですかとか何とか揚げ足を取られて
俺は更なる窮地へと叩き込まれるに違いない。

アレ以上極めてどうするんだ。
殺したいのか俺を。
一体腹上死って幸福なのか?、どうだろう。
待て、今までの経緯からすると。
(俺は下だ。)
そうなんだよ、その辺から既に問題アリなわけで。
(・・。)

ひたすら黙って頭を抱えた俺の前に、ヤツは皿やらナイフやらを運び始めた。
旨そうな香りにつられてふと目を上げると、
いつの間にテーブルは洋食屋のように飾り立てたれていた。

前菜とワイングラスを押しやって、ヤツが中央に置いた皿は
殊の外、豪勢な趣きを顕していた。
「子羊のグリル香草風味。ハーブに漬け込んでみました。」
「おおっ!。」
「お疲れかと思って。腕をふるいました。」

突然俺は幸せを実感した。単純だと言われようが構うもんか。
ご自宅でこんな豪勢なもん食えるヤツが他にいるか。
賭けてもいいが俺だけだ。
「でかした!。」

ヤツは微笑んで俺の隣に腰掛けた。
「喜んでもらえて光栄です。」
「ああそりゃあもう。」
「今日割と大変だったんですね。傷だらけですよ。」
「ま、飲み屋で喧嘩してもこんなモンだぜ俺は。問題ナシ。」
「おつかれさま。」

とても自然に、ヤツが俺に手を伸ばした。
引き寄せるその腕に身を任せて、俺は瞳を閉じた。
こんなふうに日常を重ねて、
俺たちはお互いを知っていくんだろう。

息をするみたいに自然にキスできる相手なんて、
他には見つかんねえかもしれない。

唇に感じるはずの甘い感触がおとずれないのに気付いて
ふと目を開いた俺を覗き込むのは見慣れた翠の猫科の瞳。
間近に寄せられたままのヤツの唇からは、思いがけない言葉が漏れた。

「焚き染められた、香の薫り・・」

それって・・
(三蔵だ!!)

俺はソファの上でヤツを突き飛ばすようにのけ反った。
何故だ。アレはかなり前だぞ?
おまけに何でコイツは犬並みに鼻がキクのか。
「おおおお俺じゃねえ!。不可抗力だったの!。三蔵に文句言え!。」
「三蔵!?!」
(しまった!!。)

ヤツは「何かしたでしょう」とも相手が三蔵だとも言ってなかった。
(ああっ!)
「ち、ちちちちがうんだった。全然そうじゃなくて・・」
ダメだ。
自分でももうわけわかんねえ。

ヤツは動揺しまくる俺から視線を振り切ると、
バタバタと台所に駆け込んだ。
何だ?、何なんだ?。
泣かせたのか俺?。
どうなちゃうの俺達。

「お〜い。」
俺は思いっきりビクつきながら台所を覗き込んだ。
ヤツは流しに向いたまま背中越しに話し出した。

「僕、浮気も仕方ないのかなって思いはじめてたんです。」
「は?。」
「女の人は、仕方ないかもしれないって。」
「ええと、どういう・・。」
「身体の仕組みも違うし、所詮勝ち目はないんですから。」
「はあ。」
「でも。」
「でも?」
「何で三蔵なんですかっ!。」

振り向いたヤツの凍った瞳に、俺は身動きが取れなくなった。
適当な言い分けを必死に探したが頭は空回りした。
ヤツの右手には、
さっき子羊のグリルをさばいたに違いない肉切り包丁が逆手に握られていた。


「死んで下さい。僕もすぐあとを追います。」

「!!。い。いやあっ!!」




   もしこのハナシがここで終わっていたら、
   俺の命はこれまでだったという事だ。
   せめて続きを祈ってくれ。



注)死にませんて。楽しそうじゃないですかアナタたち。
「どこがっ!」

END.

 

□□ Thanks. □□
最後までお付き合いありがとうございました。

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