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     2ヶ月後。
     
     結局僕は以前同様、梧譲のアパートで暮らしている。
     自宅の姉には定期的に連絡を入れるようにしたから、
     今はもう「家出」じゃなくて「家を出た」という事になったようだ。
     
     僕と梧譲の暮らしぶりには、特にこれといった変化も無い。
     以前との違いを敢えて挙げるなら、
     僕達に天敵ができた事と、
     週末に梧譲が家を空けるのが習慣化した事くらいだろうか。
     
     夕方以降に出入りが多い梧譲は、隣のお姉さんと出くわす頻度も高い。
     梧譲は彼女を「化け物」と呼び、
     お姉さんは梧譲を「ホモ野郎」と呼び、
     二人は出会い頭に怒鳴り出すから、毎回仲裁に入る僕は廊下の物音に敏感になった。
     
     隣のお姉さんは当然僕達の仲を勘違いしているわけで、
     彼女にしてみれば僕は「ホモ野郎その弐」なんだろう。
     その辺はどうでも構わないが、「ホモ野郎その弐」が留守の時に二人が出くわす場合が問題だ。
     一度小雨の日に、梧譲は彼女に傘の攻撃を受けて、
     蒲田行進曲の階段落ちよろしく鉄梯子めいた階段を転がり落ちた。
     僕としては今後これ以上の被害がないことを祈るのみだ。
     
     しかし毎週土曜の夜に限って、梧譲はお姉さんに出くわしても喧嘩を受け付けない。
     怒鳴られても怒鳴られたままで、攻撃を受けたら一方的に逃げる。
     次の用事がよっぽど大事らしい。
     土曜に家を出る前は、「今晩泊まりかも」なんて梧譲は僕に告げる。
     なのに終電間際の時間にふてくされ気味で戻ったりして、
     僕は「ああ彼に帰されちゃったんだなあ」と胸の内でひとりうなずいて、
     いつもより高価なお茶を淹れてあげたりする。
     まあ、いつものやぶ北が時々玉露になることに彼は気付いていないだろう。
     
     しかし稀に、宣言通りに彼が戻らない週末もある。
     そんな日は必ず、本来なら梧譲が戻るはずの時間に、悟一がアパートに顔を出す。
     どうやら梧譲にマンションを追い出されるらしい。
     だけど追い出された当人がその事を楽しんでいる節があり、
     一概に不憫だとも言い切れない。
     
     夜に突然、若くて純真な少年を送り込まれる僕の心中は複雑だ。
     僕達の気持ちがどうこう以前に向こうは未成年であり、おまけに僕は彼の教師役でもある。
     それに、何とも言い難いややこしい問題がある。
     もし。
     もし万が一、僕達が過ちを犯すというのか実質的にお互いを受け入れるというのか、
     表現はともかくそんな状況に及ぶとした場合、
     まあ実際そんな事を想定する自体が何なのだけれど、
     可能性の一端として仮定した場合、
     僕達は双方が男なわけで。
     
     今更性別にこだわるわけでもないけれど、同性同士が事に及ぶというのなら、
     どちらか一方が異性的なポジションを受け入れざるを得ない。
     それが僕に無理だというのはもう分かり切っているとすると、
     じゃあ悟一はどうなんだろうという事になる。
     
     やっぱり無理なんじゃないか。
     
     すごくそんな気がする。
     
     しかしまさか本人にそんな確認を取るわけにもいかない。
     よって、僕はあまりその件を考えないよーに努力している。
     いずれにしても相手は未成年だ。
     
     それにつけてもこんなに悩ましい大問題を
     梧譲と宗蔵は一体どうやって克服したのか、もしくはしてないのか。
     その辺を考えると何故か僕は熱が出そうになる。
     なのでそういうあれこれも、意図的に考えないよーに努力している。
     
     悟一と2人きりになった夜は、彼の苦手な数学を中心に今週の授業のおさらいをして、
     それから僕は部屋の掃除なんかを始めたりして、彼が寝付くのを待つ。
     2人とも眠くならない夜は、彼を公園やナイトシアターに連れ出す事にしている。
     
     悟一は映画館が気にいったと言っている。
     しかし気に入ったのはフィルム自体よりポップコーンの方みたいで、
     予告編の段階で必ず彼は爆睡に入る。
     だから実は、悟一は僕と同伴した映画を観た事が無い。
     
     僕は彼の無防備な寝顔が好きだ。
     しかし、映画の中盤頃からは鼾が大きくなり、ストーリーが大きく展開する頃には寝言が入る。
     僕は全然気にならないけれど、前の席のお客さんが振り返って僕達を睨んだりする。
     だから彼と映画館に入る際には、話題の作品を避けて人が少なそうなのを選ぶようになった。
     そういうのは大抵映像もストーリーも地味だから、
     悟一はますます一層良く眠れることになる。
     
     
     ところで。
     今日がその土曜日だ。
     
     今日このアパートに戻るのは、梧譲だろうか、それとも悟一だろうか。
     
     居間で熱い湯飲みを抱えつつ、
     今晩の来客に想いを馳せた僕を呼ぶように、
     電話のベルがけたたましく鳴った。
     
     僕が受話器を上げた途端に飛び込んできた声の主は、
     僕が今、どっちだろうと考えた当人の両方だった。
     
     「あ、戒而?、俺だけど」
     「戒ちゃん?、オレ!。こっち来てよ!そんでコイツ連れて帰って!。」
     「黙れサル!。そもそもお前が」
     「お前だろ!。」
     
     「お話しはひとりづつ順番に。」
     
     「ええと。あのさ、卵ぐしゃっとしたよーな料理あったじゃん、
     あれにベーコンってどうするんだっけ。」
     「は?。」
     「俺はそいつはそのままでいいっつったのに、サルが混ぜやがって」
     「違うだろ!、お前が押すからボールに落ちたんじゃん!。」
     「ちょっと待って。」
     「黙って見てりゃいーんだよサルは!。」
     「貴方達、料理してるんですか?!。」
     「・・まあ、そんな感じ?。」
     「料理じゃないよ!。こんなの全然食いモンじゃないよ!。」
     「黙れ!!。」
     
     向こうは一体どういう事になっているのだろう。
     
     二人が同時に話すせいで、僕が状況を把握するまでにはかなりの時間を要した。
     そして苦難の長電話の途中経過として判明した事実はさほど多くない。
     ひとつ、バイトに出かけたはずの梧譲は、実は休みを取って宗蔵の元を訪れていた。
     ふたつ、そしてやったこともない料理を始めてみたものの、どうにもならないらしい。
     
     何故急に彼が料理なんて始めたのだろう。
     電話口のにぎやかなやりとりというか喧嘩腰の応報を耳にしつつも、
     僕の頭の半分は疑問を復唱する。
     
     そう言えば。
     
     あの風景画を描き直したのを最後に、宗蔵は描けなくなったらしい。
     独りで部屋にこもり、白いキャンバスと向き合ったまま何時間も動かず、
     そしてキャンバスは白いままに部屋を出てくるといった、そんな事を繰り返しているらしい。
     「俺がウルサクしてるせいかなあ」と、不安気に梧譲が呟いたのを僕は記憶していた。
     
     梧譲は梧譲なりに、宗蔵を支えたいと思っているのだろう。
     しかしその方法を探しあぐねて、とりあえず食事でも出そうとしてみたが
     どうにもうまくいかないとか、そんなところだろうか。
     
     「人参とか切ったんだけどさ〜、豆も入れて?。で、焼いたんだけど、
     焼けた人参に豆と卵がまぶされているというかそんな。」
     「・・。」
     
     少々のミックススベジタブルを混ぜ入れたスクランブルエッグ、
     それに香ばしく焼いたベーコンを添えた一皿は僕の得意料理の一つだった。
     料理というよりは、冷凍食品を上手く使った、忙しい朝の超お手軽な一品だ。
     ポイントは溶き卵に混ぜる隠し味の出し汁と、
     焼く前にフライパンにたっぶり広げられたバター。
     
     おそらく彼は同じようなモノを作ろうとしたんだろう。
     しかし、似ても似つかぬものになっている気配大だ。
     似ていないのは構わないが、果たして口に入れても大丈夫なのかどうか。
     
     「でさ〜、卵は焼けたのに人参は生なんだよね。
     そんで焼き直したらなんか煎餅みたいっつーか。
     あんまし焦げたもの食べると癌になるとか言うじゃん?、本当?。」
     「さあ・・。」
     「これもっかい卵に浸けて焼けばいい?。」
     
     「そのままにしておいてもらえますか。僕、行きますから。」
     
     
     ◇◇◇
     
     
     「こんにちわぁ。」
     
     マンションのドアに施錠は降りていなかった。
     僕の為に開けてあったのか、それとも単に開け放たれていたのかは不明だ。
     
     玄関の正面から伸びる長い廊下の向こう、リビング奥の台所からは、
     「押すな」とか「燃えんぞ」「燃えた」とか、怒鳴り合う声が響いている。
     どうやら料理とは程遠い事になっているらしい。
     
     誰も僕を出迎えに来る気配は無い。
     来客にすら気付いていないようだ。
     僕は勝手に玄関先から廊下に上がり込んだ。
     その時、突然僕の視界を遮るように、廊下左手のドアが開いた。
     
     「うるせえ!!。殺すぞ貴様等!!。」
     
     作業部屋から頭だけ出した宗蔵が、リビングに向けて声を張り上げた。
     廊下の先の騒動が突然静まりかえったところをみると、
     台所の梧譲と悟一は今身動きさえも止めているんだろう。
     
     「バカ共が」とかブツブツ呟きながら、
     宗蔵は開けたときと同じくらいの勢いでドアを閉めた。
     ドア陰に僕が居たことには全く気付いていない様子だ。
     
     あの日以来宗蔵は描けなくなったという話を、僕は思い出していた。
     彼が不機嫌なのは、思うように筆が動かないせいだろうか、
     それともいつもの彼としての不機嫌さなのだろうか。
     
     胸に芽生えた小さな気がかりに呼ばれるように、
     僕は今目の前で閉じられたばかりの作業部屋のドアに手をかけた。
     
     
     
     (失礼しまーす。)
     
     声に出して言えば「出てけ」と間違いなく一喝される。
     僕は心で入室の挨拶をして、こっそり作業部屋に入り込んだ。
     
     (?。)
     
     白いままのキャンバスの前にムズカシイ顔で座る芸術家、
     僕はそんな宗蔵の姿を思い描いていた。
     しかし僕の想像とは裏腹に、彼の腕は忙しく縦横に動いている。
     キャンバスは既に、色彩で溢れている。
     
     大雑把に見て青と緑のコントラストは、空と地を表すのだろうか、
     しかし僕の視線上、宗蔵の背とキャンバスは直線上に並んでいるから、
     描き手の背中が邪魔で、絵の中央付近が見取れない。
     
     勝手に部屋に入った非を責められる恐れよりも、僕の好奇心の方が強かった。
     「ええとこれはなんでしょう」とか呟いて、僕は宗蔵の脇に立った。
     
     「・・入れと言ったか。」
     「言ってません。」
     「出てけ。」
     「ええ。ちょっとその前に。これは、どう見るんでしょうね。」
     
     描き手と同じくらいキャンバスに寄っても、
     描かれている内容が僕には判別できなかった。
     
     僕は絵の前で首をひねって、いろんな角度からキャンバスを眺め直した。
     そんな僕を横目で捉え、宗蔵が聞こえるように大きく溜息を漏らした。
     パレットを持つ手を膝に落としたところからすれば、
     僕を追い出すのを一旦あきらめたらしい。
     
     「離れろ。」
     「ね、何を描いたんです?。」
     「離れて見ろと言っている。
     それでも何だか分からんようなら、描かれたものに意味は無い。」
     「?。」
     「絵なんざ見た者次第だ。」
     
     彼の言葉はいつも哲学的に深い。
     しかしもしかすると単に気分を思い付きで語っているのかもしれず、
     僕は未だにその辺の判別がつかないままでいる。
     とりあえず僕は彼のアドバイスに従い、絵から3歩下がった。
     
     「あ。」
     
     描かれているのは、人だった。
     彼の絵は風景画だという僕の先入観が、僕に目隠ししていたのかもしれない。
     
     「実際、今回に限っては、何だか分からんと俺自身思う。」
     「・・人・・ですよね。」
     
     僕の答えに少々驚いたように、宗蔵がふと瞳を上げた。
     
     「中央に1人、周囲にあと4、5人程度。」
     「ああ。」
     「悟一だ。」
     
     僕の見解を肯定する替わりに、宗蔵は煙草をくわえて火を点けた。
     
     それは紛れもなく悟一だった。
     
     上体が斜めに揺らいだ後ろ姿。
     今にも蹴り出されようとする片足は途中で止まっている。
     斜め上方に傾いた後頭部は、彼の視線の方向を推測させる。
     
     更に、悟一の足元に滑り込む人影が一体、
     そして遠くに小さく散る人物達は、ランニングの途中で足を止め、
     悟一と同じ方角を振り仰いでいる。
     
     つまりそれは、サッカーの試合のワンシーンだった。
     
     「人を描いたのは初めてだ。」
     
     紫煙を吐きながら、ボソボソと宗蔵が話し出した。
     
     「俺には人間というアウトラインが分からん。
     俺は見た通りに描くだけだ。
     だから俺の見た風景をそのままに描いた。」
     
     普通なら、人を描くと決めれば、先ず人の形を描くだろう。
     例えばここが頭で、ここが手で、というふうに。
     しかし描かれた絵に人物の輪郭は無かった。
     色と影の差分だけで、人が浮き立っている。
     小さく切った紙を貼り付けて仕上げた絵とでも言えば分かり易いだろうか、
     だから遠くから見た方が描かれたものが良く見える。
     しかし筆のタッチは滑らかで、紙を切り貼ったように突然色が変わる事も無い。
     
     置かれた色と、光と影。
     あるがままの風景として、宗蔵は人物を描いたのだろう。
     
     ここが頭で、ここが手で、と識別したがるのは人の理性であり、
     手とか頭とかの判断ラベル、つまり意味で風景が構成されているわけじゃない。
     人物も風景の一素材として捉えるなら、そこにはまず色と光と影があるだけだ。
     それを見た人間が、次の段階として、ああ人がいてボールを蹴っているな、と状況を把握する。
     
     宗蔵が描き出したのは、人の判断が入り込む前の、色と光の乱舞だった。
     
     「単に風景を切り取るなら写真でも撮ればいいわけだ。
     下手な絵よりはよっぽどマシに情景を残す。
     しかし、それなら何故人は描く?。」
     「何故でしょう。」
     
     絵に意識を奪われた僕は、彼の問いかけをそのままに繰り返していた。
     そんな僕を気にもとめずに、彼は絵に向けて細く紫煙を吐いた。
     初めから僕の答えは期待していなかったんだろう。
     
     「俺自身分からん。」
     
     しかしこの絵を前にした僕には、
     人には描く必然があるのだという確信が湧いていた。
     
     「僕、ちょっとだけ分かる気がします。」
     
     僕に振り向いた彼の瞳が、斜視気味に揺れた。
     続きを話してみろと、促したんだろう。
     
     「コレ、こないだの試合の最後のシーンですよね。」
     
     短いロスタイムの間、引き分けに持ち込めるかという瞬間に、
     悟一のボールは敵側に奪われ、ボールはゴールと反対方向に大きく飛んだ。
     
     そう、その瞬間、選手のみならず観客席の誰しもがボールを目で追った。
     今あのボールを追いかけてももう間に合わないと、皆が分かっていた。
     だから誰しもが、大きく弧を描いたボールを視線だけで追って、
     今にも下される勝敗の宣告を待っていた。
     
     なのにその時、宗蔵だけは悟一の背を見つめていた。
     
     「僕達は皆、勝敗の行方を確認するようにボールを目で追っていた。
     だけど貴方は、悟一を見ていたんですね。」
     
     引き分けに持ち込めるかもしれないという大勢の期待を裏切ったと、
     悟一自身が気付いたに違いないその瞬間、
     宗蔵だけが悟一を見守っていた。
     
     そうだとも違うとも、宗蔵は答えなかった。
     絵とは関係のない事を言い出した僕を疎んじるように、
     あるいは不思議な生き物を見るみたいに、
     彼は目を細めて僕を見据えた。
     
     「貴様はいつも妙なものを見る。」
     「貴方が貴方自身に鈍感なだけかと。」
     
     宗蔵の眉根に小皺が寄った。
     その時まさに僕を救うためのようなタイミングで、
     ガンガンとノック音が響き、直後にドアは叩き開けられた。
     
     「宗蔵!、聞いてよアイツ・・って戒ちゃんだ!。」
     「こんにちは。」
     「来てたの?!。」
     「今来たところです。」
     
     「全部俺のせいかよ!。
     文句言ってる間に燃えたとこ切るの手伝えサル!。
     ・・っと、お。戒而。」
     「どーも。」
     
     将軍の元へ直訴に参上した農民を追って来た小役人。
     梧譲の役回りはそんなところらしい。
     役回りはともかく料理の手順に「燃えたところ切る」などという段階は無い。
     台所は一体、どんな惨状を呈しているのだろうか。
     
     作業部屋の宗蔵はといえば、
     僕達の視界から絵を隠すみたいに立ち上がり、
     入り口付近で騒ぎ始めた僕らの前で両手を広げ、
     外に出ろ、と僕達を促した。
     
     僕達を廊下に押し出したあとは、宗蔵自身も部屋を出た。
     僕達があまりにやかましいせいで、描く気も失せたんだろう。
     と、廊下の宗蔵は僕に振り返り、指先で僕を呼ぶと小声で囁いた。
     
     (黙ってろ。)
     
     絵の事は悟一に言うなと、そういう意味らしい。
     一見傍若無人な麗人は、その実どこまでも照れ屋さんだ。
     
     「見せてあげないんですか?。」
     「駄作だ駄作。必要ない。」
     
     「『彼』も描いてあげたらよろこぶでしょうねえ。」
     「『彼』とは。」
     
     分かってるくせに。
     敢えて答えず、僕は宗蔵に微笑みかけてみたりする。
     僕の意味深な笑顔に、宗蔵はふてくされて視線を逸らした。
     
     少々過剰気味の彼の反応からすれば、
     梧譲とはそこそこにうまくいっているらしい。
     
     「まあ、死ぬまでには描くさ。」
     
     
     ぶっきらぼうな捨て台詞を残して、宗蔵はさっさとリビングへと立ち去った。
     その背を悟一が追いかける。
     作業部屋の前には僕と梧譲が取り残された。
     僕が宗蔵とボソボソかわした会話が気になるんだろうか、
     梧譲はちょっと目をひそめて長髪を掻き上げた。
     
     そんな彼に僕はただ微笑んで、その背を押した。
     貴方も貴方が想像する以上に彼に想われているようだと
     教えてあげたいのは山々だけど、
     そんな事を言ったら僕は宗蔵に殺されかねない。
     
     「まあ、その、良かったですね。」
     「何が?。」
     「言えないんですけど。」
     「何よソレ。」
     
     「ソレはともかく、アパートに戻ったら料理の特訓してあげますから。」
     「はあ。」
     「嫌ですか?。」
     「イエ。」
     「嫌そうですね。」
     「イエまさかそんな。」
     
     いつになく謙虚な彼が可笑しくて、僕は彼がよくやるみたいに、
     背後に回した手で彼の肩をビシバシと叩いた。
     
     「痛。」
     
     僕達の目の前では別のもう一組が、それなりにそれぞれを気遣っていた。
     
     「あんなの食ったらきっと宗蔵死ぬよ。」
     「安心しろ。俺はそんなものは食わん。」
     「そんなのってどんなのだと思う?。」
     「見てないのに分かるか。」
     「ほんとにスゴイよ。」
     「・・そんなのは作ったヤツが食えばいい。」
     
     「えっ?、俺?!。」
     「そーですね。正論です。」
     「じゃお前もだぞサル!。」
     「違うだろ!!。」
     
     手の早い兄貴分は、いつもの如く弟分に手を出した。
     しかし梧譲の手が悟一の襟首を掴む途中で、
     その腕は宗蔵に押さえられた。
     
     「うるさいからやめとけ。」
     「・・。」
     
     止めたのが僕だったら全然聞かなかっただろうに、
     宗蔵に腕を取られた梧譲は、「フン」と鼻息だけを荒げた。
     
     仕切られた暴れ馬を目の当たりにした気分で
     僕と悟一は顔を見合わせて、
     それから二人してクスクスと笑い合った。
     
     純真な少年の笑顔はいつも、僕の心に光のかけらをくれる。
     
     だけど、僕を照らす無垢な輝きの月は、
     月が知るよりも深く強く、陽の光に守られていた。
     
     
     きっと僕達は皆輝きの一片で、
     それ自体では自分をすら映せないけれど、
     お互いが照らし合って、
     より一層輝きを増すんだろう。
     
     
     願わくば僕自身も、彼らの輝きを映せますように。
     
     
     - 了 -
 

□□お付き合いありがとうございました!!□□
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