八戒語り形式、旅に出る前の 八戒→悟浄 な感じです。




「やー、ごちそうさん。」

いつものように、食後の彼はハイライトに手を伸ばす。
嫌煙家の僕も、あなたと暮らし始めて煙草の煙を不快だと感じなくなった。

「街の女には『嫁さんもらった』なんて陰口叩かれんだけどさあ」

僕は台所で食器を片付けながら、背中越しにあなたの何気ない話を聞く。

「実際ヨメ貰ったら食えるものなんか出てこないよな。」
「と言うと?」
「そのまんまだよ。今まで食えたことなんかないってイミ。」
「中には料理の上手な女性もいるでしょう。」
「イイ女が食える飯作れたためしなんかないな〜。」

あなたはいつもそんなふうに冗談をまじえて過去の女性の失敗談を語る。
きっと、名前を変えて舞い戻った僕を、元気付けようとして。
あなたの過去の女性遍歴に僕が多少なりとも傷ついているなんて、あなたには想像もつかないのだろう。

「砂糖と塩間違ってるなんてのは普通でさ、もう怖いから先食わせようとすんじゃん?
『お前のは?』って聞くと『私はいいの』とかって、あれは絶対食えねえって分かってんだよ。
確信犯だぜ?、どうよ?。」
「いいじゃないですか。」
「どこが!。」
「確信犯であれそうでないにしろ、あなたに何かしてあげたいって思ったって事でしょう。」
「『何か』っつってもさあ・・。」
「つまりそれは、あなたが好きだって事なんですから。」
僕もそうだと、気付けばいいのに。

「・・でも食えないんだぜ?、意味ないと思わナイ??」
僕は洗い物の手を止めて、ちょっと笑う。
無邪気なあなたが、こんな連想ゲームで僕の暗示した回答に辿りつくはずはない。

僕だけの気まずさを取り繕うように沸騰したやかんがガタガタと暴れだして、
何となく救われた気分になる。

二人分のお茶を淹れ、背後から彼の脇に立つ。
無造作に束ねた長髪は、ほつれて肩越しの横顔を覆い隠している。
あんなに苦手だった「紅」というその色さえも、今はいとおしいと思う。

不公平だと、ふと思った。
女性だから、女性だというだけで、多くの存在が彼に触れる事を許されてきたのだろうか。

「お茶、入りました。」
「お。さんきゅ。」
僕はテーブルに湯飲みを置く振りで、彼の傍らで膝を折る。
僕の読み通りに、湯飲みを受け取るつもりの彼が僕に振り仰ぐ。
それはそれはとても自然に、あなたの唇が僕の唇をかすめた。
確信犯は僕。
「ああ、スイマセン。」
「・・あ、ワリ。」

僕のささやかな実力行使すら、きっとあなたには届かない。


「寝る前にさ、ポーカーで一勝負。」
「嫌です。悟浄負けると機嫌悪くなるから。」
「んだと!、俺が負けるって決めんな!」
「だって今まで僕に勝った事ないでしょう。」
ふてくされて髪を掻き上げるあなたの瞳は真剣に怒っている。全くこんな事で。
「『今日は』勝つんだよ!。」


「カードは俺が配る。」
「僕が細工でもしてると思ってます?。」
「思ってないけどさ。その方がもし負けても納得いくでしょ。」
「・・負けるって分かってるんじゃないですか・・」
「もしだよ『も・し』!!。」

慣れた手付きでカードを配り終えると、あなたは手札を開いては難しそうな顔をする。
表情からして、今回はやや厳しい手持ちらしい。
あなたが僕にかなうはずなんてない。
あなたはカードを睨み付けているけれど、僕はあなたを見つめているのだから。

「ヨシきたぁ!、ストレートフラーッシュ!!。」
「ええとお約束ですいませんけどロイヤルストレートフラッシュ。」
「だあっっっっっまたかー!!」


「何だか俺、カードで食ってく自信無くなってきたんスけど。」
「大丈夫ですよ。誰も僕ほどはあなたのこと見てませんから。」
「へ?。」
「いえ、こっちの話で。」
「何かさ〜、あるんだろ?。」
「何か?。」
探るように紅い瞳に見つめられて、僕は内心どきっとする。
だけど僕のまさにポーカーフェイスが、微かな動揺を覆い隠してくれる。
「お前の強さの秘訣。教えてくれ。お願い。」


まったくしょうがないなあ、と思う。
勝負の事しか目に入ってない彼と、それ以外の何かを期待してしまう僕自身を。

「悟浄はね、いいカードが来ると、眉間に皺がよるんです。」
「!!。」
ココですココ、と僕は自分の眉の間を人差し指で押して見せた。
真面目なあなたは僕とおんなじポーズをしては、渋い顔をする。
ふんっ、と鼻息を荒くして、彼は席を立った。
カードの技術と云々いうよりは心理戦だったと今更気付いて気を悪くしただろうか。
(怒ったかなあ。)
僕が冷めたお茶をすすってる間に、彼は別の部屋でガサガサと不穏な物音を立てていた。
すぐに彼は戻ってきて、開口一番に告げた。

「もう一戦!。」
元の位置、僕の向かい側に腰を下ろした彼を見つめて、僕は口に含んだお茶を吹き出すところだった。
なんと彼の眉間には四角い絆創膏がべったりと貼られていた。
「イイ男が台無しだけど勝負にはかえられねえ。」

彼は自分でもう一度カードを切りはじめた。
本当は眉間に皺が寄るのではなく、テーブルに乗った左手の中指が引きつったように動くのだと、
今更言うのはためらわれた。
次も、僕の勝ちだろう。

カードを配り終え、再開した勝負の最中に彼は何気なく言う。
「あ、明日晩飯いらない。」
「何か?」
「玲菜ちゃんに誘われちゃってさ〜。」
「ああ、一度買出しの時に僕も道でお会いしましたね。」
「そうそう、彼女。グラマーだろお、ああゆーのをまさにゴージャスって言うんだな。へへ。」
「・・いきなりで申し訳ないんですけど、またロイヤルストレートフラッシュ。」
「何で!!。」
眉間の絆創膏を指差しながら彼は本気で怒った。
多少は手加減してあげようかと思ってたのだけど、途中でそんな気は無くなっていた。

本当に負け続けているのは僕なんだと、彼は全然気付いていない。
きっとこれからも気付かないだろう。




翌日。
彼のいない夜は退屈で、僕は居間のソファに所在無く座っていたりする。
例えば洗面所の小さなカビを探し出して磨くとか明日の食事の下ごしらえをするとか、
仕事を探そうと思えば見つからない事もないのだけれど、何となく、そんな気にもならない。

暮らしを共にするだけで充分に満足していたはずだった。
彼を独占したいと、思えるような立場でもないのは承知している。

頬杖など付いて仕方のない事を思い巡らしていると、嫌でもガラスを叩く雨音が耳に入った。
そう、外は雨。
こんな日は何故かいつも雨だ。


ふと、玄関に人の足音を聞いた。
「ただいまあ。」
「アレ?、悟浄?。」
「もお急な雨でさ。まいったよ。こんな雨じゃ女も来ないし。」

「何か、作りましょうか?。」
「うん。お願い。」

ありあわせの食材で何ができるだろうと、僕は流しの前で考える。
こんな所帯じみた日常を、楽しいと思うのはおかしいだろうか。

彼は台所の椅子に腰を下ろすと、いつものようにハイライトを咥える。
それで昔の女がさあ、と、彼は相変わらず古い失敗談なんかを話してくれる。
僕は適当に相槌を打ちながら、自分的にツラい部分は聞き流す。

残った野菜をポトフもどきに煮込むと決めた。
人参やら玉ねぎやらを切り刻みながら、もお急な雨でさ、なんていう彼の台詞を僕は思い出していた。
静かな雨は昼下がりには降り出していた。それに、人が来ないようなどしゃ降りじゃない。

雨の日の僕を心配して彼が帰ってきたのだと、僕は気付いている。

「洋風と中華風、どっちにします?」
「ん〜、中華かな〜。」

お前は大丈夫か、と、彼は聞かない。
ただそばに居ればいいと、わかっているから。


彼のそばでなら、雨音もいつもより柔らかく響く。
彼ほど優しい人を、僕は他に知らない。


END.


ええっと、水月さん読んでくれるといいなあ(^^;。で、どうだろ、ダメかなやっぱ。
特に何も起こらないし、ありがちな風景でした。

Web用は初書きです。
散文調を意識したつもりですが、センテンスが短いだけかも。
そういえば一人称の語り形式も初。
んで、三蔵が目に入ってない八戒ってのも初です。勿論85も初。新鮮だ。

だけど正直、三蔵loveなウチの八戒が私の中で暴れてます。とりあえず無視しときます。
闇討ちにあいそうでこわいけど。
Return to Local Top
Return to Top