続きです。最終章。





俺とヤツは肩を並べて、寺までの道のりを歩いた。
年中夜勤の俺が午前中に外を歩くのは久しぶりだ。
朝帰りん時と、こないだ寺に駆け込んだ時くらいかね。
ああ、アレはもう無かったコトにして。

ふと目を上げれば空は晴れ上がって、
朝の白っぽい光が木々の緑を際立たせている。
夕飯の準備時とも違って街の喧騒も穏やかだ。
朝の散歩も悪くないな。

何となくいい気分になって隣に声をかけようとした矢先、
ヤツが先に口を開いた。
「あ。ネコが死んでる。」

がっくりきた。
同じ道を歩いていても、俺達は違うものを見ているらしい。

道端のぐにゃっとしたものの前に、ヤツがしゃがみ込んだ。
それはまだ若い黒猫だった。
ヤツの手が何かを確認するかのように屍骸を撫で回した。
「死後硬直が始まっています。死亡したのは昨日。
死因は・・、外傷がないからおそらく中毒死でしょうか。」
「・・お前は検察医かよ。」

俺達は道端に座り込んで、二人で小さい穴を掘った。
そこに猫を埋めて、一応手を合わせた。
こんなんで死んだ猫がいい気分になるのかは怪しいが、なんとなくだ。

もう俺の前に猫の姿は無い。
あるのは小さな砂の山だけだ。
ふと、俺は聞いてみた。
「なあ、今でも死にたいとか、思う?。」

そんな風に真顔で、ヤツが振り向くと思わなかった。
俺はホントに何となく聞いただけだったんだ。
驚いたように俺を凝視したあと、ヤツはにっこりと笑った。
「まさか。」

完璧に綺麗な笑顔だった。
そう、お前が嘘をつく時の顔だ。

俺は立ち上がって尻の砂をはらった。
「そうだよな。死んだってなんもいいことねーし。」
「ええ。」

俺達は何もなかったみたいに、
また寺までの道のりを歩き出した。


「それに死んだら悟浄の顔も見れなくなるしぃ。」
「俺の顔なんか見たっていいコトないしぃ。」
「僕、かなり好きですよ。特にイク時の表情とか。」
「・・止めて。お願いだから。」
ヤツは俺の隣で、クスクスと肩を揺らした。
だから、ほっとした。
なんでだろうな。
お前がそんなふうに自然に笑うと、すごく嬉しいんだ俺。
バカなんだろきっと。

「いつまでもな、優位に立ってると思うなよ。
次はキッチリ俺がイカせてやる。
何であれ負けたままではいねーぞ俺は。」
「・・そんな事の前にして欲しい事あるんですけど。」
「買出しは週末って決めたでしょ。」
「いやそうじゃなく。」
「何。」
「ふつーに、キスとか?。」

クラっときた。
ダメだ俺。
こんなベタな文句に口説かれてどうするよ。
ガキじゃねーだろ。
でもさ。
何だよ。

俺はゴソゴソとポケットをあさっては、よれたハイライトのパッケージを取り出した。
自分自身に言い分けをする間を稼ぐ為に、一本咥えては火をつける。
だけど何にも思いつきやしない。
味のしない煙を深く吸い込んだ。
(負けたか?。)
そんな気分になった。


生きたいとか死にたいとかそんな希望とは関係ナシに、
俺達は産まれたら死ぬまで生きる事になっている。
死が訪れるのはきっと一瞬だ。
その後は、俺であれヤツであれ、さっきの猫と同じ。
冷たくなってその辺に転がってるだろう。
転がってなくても意味的には同じだ。
何かを残すわけでもない。
残せるってヤツがいるなら、そいつは幻想を持ってるに過ぎない。
死んだら終わり。何にも残んねえ。

だから、死ぬまではがむしゃらに生きる。
理由なんて分かるかよ。
楽しくても辛くてもおんなじように這いつくばって生きるしかない。

もしもそれがあんまり辛けりゃ、手近なモノに縋り付く。
縋り付こうが蹴り殺そうが、俺達は生きる事になってる。
八戒、お前の選択は間違っちゃいない。

そんで、そいつがうっとおしいなら、俺は蹴り出せばいい。
悔しいが坊主の言う通りだ。
だけど俺がそうしないのは、ただの同情じゃない。

俺は、嬉しいんだ。
お前がそんなふうに笑うのが。
それって。
(負けか?。)
いいやもう。

俺は足を止めて吸いかけの煙草を放り投げた。
広いくせに薄くて華奢な肩幅が、俺の視線の端を通り過ぎた。
「待てよコラ。」
「何でしょう。」
立ち止まったヤツに歩み寄っては、
手を伸ばしもせずに、
俺はそっと唇を重ねた。
中坊か。

驚いて見開かれた翠の瞳に、俺は降伏した。
ヤツを引き寄せると、その肩に額を押し付けて言った。
「負けました。」

背後にまわされたヤツの腕が、戸惑いがちに俺の背に触れた。
「ええと。何にでしょう。」
「教えない。」
「勝負、してましたっけ?。」
ああ。俺はね。

「良く分からないんですけど、僕が勝ったんですか?。」
「ハイ。」

脱力して硬い肩に体重を預けた俺を、ヤツは受け止めた。
ヤツが俺の頭に頬を寄せたのを、俺は感触で知った。
ヤツは小さく肩を揺らして笑った。
「悪くないなあ。こういうの。」

そうだな。
俺も悪くないみたい。




   この時の全面降伏を
   俺はこの後の人生で何度も後悔する事になると
   その時既に、予感してはいたんだけど。


END.

 

□□ Thanks. □□
最後までお付き合いありがとうございました。

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