最終章





村外れの手狭な飲み処には、3人掛けの丸テーブルが2つだけ。
補助椅子を一つ追加して席は7つ。
三蔵と悟空、それに隣から呼ばれて来た子供たちでテーブル席は一杯。
椅子にあぶれた悟浄と慈燕は、並んでカウンターの止まり木に腰を下ろしていた。

さっきまでは皿をひっくり返す勢いで大騒ぎしていた子供達も
今はおとなしく八戒の手料理を味わっている。
何故かといえば、悟空と一緒にはしゃぎ過ぎた子供達は
グラスを倒した際につい三蔵の法衣の袖を濡らし、
もはや誰彼かまわず撃ち殺されるのかという迫力で三蔵にどやし付けられたからだ。

わざわざ出向いて来たにもかかわらず手ぶらで帰る事が決定している三蔵は、
室内の再奥で煙草をふかし続けている。
機嫌は最悪に違いない。
さわらぬ神に祟りなしという事で、
大人は誰もがさりげなく三蔵に視線を合わせないよーに振舞っている。
その辺を全く考慮しない悟空だけがどうでもいいあれこれを三蔵に話しかけ、いつもの倍殴られていた。
大人組にとって今の悟空は、ありがたい緩衝役と言えなくもない。

八戒は皿を両手に客先とカウンター内側の厨房を往復してひとりで大忙し。
悟浄と慈燕はといえばようやく二人きりで語り合える時間がもてたというのに、
どちらもうまく言葉を探せないままでいた。
軽い食事を終えた後、昼だと言うのに二人はアルコールに手を出した。

大事なところで不器用な彼らは、顔を付き合わせて昔を懐かしむよりも、
こんなふうに肩を並べてただグラスを傾けるのがいいのかもしれない。

「俺さあ。」

少々他人行儀な沈黙を先に破ったのは悟浄の方だ。

「寺の手伝いって今日だけなんだよね。」
「そーか。」
「普段は無職っていうか。」
「それで食えんのか?」
「カードとか結構強いし俺。」

背の低いグラスを両手で握ったままで、慈燕は小さく笑い肩を揺らした。
「お前らしいや。」

褒められたわけでもないだろうがけなされたかというとそうでもないような気もする。
悟浄は長髪をかき上げたついでにボリボリと後頭部を掻いた。

「でもさあ、いいよなあ兄貴は。」
「俺が?。」
「俺もあんな美人拾いたいよ。落ちてねーかなどっかに。」
「馬鹿野郎、美人って、ありゃ男だぞ。」

がたいのデカい男が2人、今やカウンターで肩を寄せ囁き合っていた。
一度切り出した後は、悪ガキ時代に戻るのもあっという間だ。

「もおこの際男だって構わないっしょ。あんな整ってりゃ。」
「・・お前、柔軟だな。」
「そーかな、最近普通だと思うケド。」

慈燕は何気にげんなりと肩を落とした。

「待てよ?!、って事は?!。」
悟浄は突然大声を上げた後、前以上に声を潜めて慈燕に囁いた。

「ってことはさ、お、お、お」
「落ち着いて話せ。」
「俺、口説いても問題無いじゃん。」

「お、おおおおお。」
「落ち着けよ兄貴。」
「男をか?!!!。」

突然裏返った大声を上げた慈燕に驚き、
テーブル席の子供達までもが振り向いて慈燕を見つめた。

悟浄はテーブル席に愛想笑いを投げて手を振ったりしてみた後で、
慈燕の肩を抱いては彼に額をつけるようにして囁いた。

「男を口説いちゃ悪いのかよ。」
「いイヤそれは・・」
「関係ないだろ男だろーが女だろーが。俺なんか半分妖怪だぞ。」
「そ、そうだな。兄ちゃんは心が広いからそんな事は全然気にしないぞ。」
「・・自分の事兄ちゃんって言うなよ。」

「仲がいいんですねお二人さん。」

突然湧いた声に、2人は揃ってのけぞっては硬直した。
皿や水を運んで動き回っていた八戒が、いつの間にカウンター内側に戻っていた。

「どうかしました?。」
「いイヤ別に。」

「あ、あのさあ、おにーさん名前何だっけ。」
「慈燕。」
「兄貴に聞いてねーよ。」
「わ悪い緊張した。」
「そっちのおにーさん、名前何だっけ。」
「八戒。」
「だから兄貴が答えんなよ!!。」
「わ悪い緊張した。」
「黙ってろ。」
「分かった。」
「あのさ、八戒。ココ何時上がり?」

黙っておくつもりで丁度グラスに口を付けていた慈燕が、
ブッ、とアルコールを吹いては叫んだ。

「馬鹿野朗!。おい八戒、ちょっと向こう行っててくれ。」
「何なんですか一体。」

愚痴をこぼしつつも、八戒は2人の前から立ち去った。
慈燕はヘッドロックをかます勢いで悟浄を引き寄せては囁いた。

「店の女口説いてんじゃねーんだぞ!。」
「わ、分かってるよ。ちょっとその。」
「何だ。」
「緊張した。」
「・・。」
「そしたらいつものクセでつい。でも次はキメる。確実に。」
「そうか。」

試合中のボクサーとリングサイドのトレーナーまがいに固く視線を絡ませて、
二人は目近にうなずき合った。

「おーい、八戒、ちょっと。」
「ちょっとちょっと。」
「・・すごく挙動が不自然ですよ貴方達。」

訝しげに視線をひそめつつも、八戒は再度カウンターの内側に立った。
そんな八戒を見上げ、悟浄は決死の一言を口にした。

「あのさ、八戒。ウチ来ない?。」

隣では慈燕ががっくりと肩を落とし、無謀な直球の結果を先読みした。

「だめだこりゃ。」

「いいですよ。」
「へ?。」
「僕なんだか貴方に興味あるし。」

誰しもが予想しない返球に、誘った悟浄自身すら瞳孔を開いた。
それぞれの思惑が交錯した解説不能の沈黙に、
ふとテーブル席から悟空の明るい声音が割り込んだ。

「はっかーい、お代わりある?。」
「ええと、切らしちゃったけど。すぐに作ります。」
「やった!。」

悟空の追加オーダーに、突然洗ったり切ったりと忙しくなった八戒を、
カウンター席の男二人が虚を付かれた顔でぼんやりと眺めていた。
意味不明の沈黙を今回先に破ったのは慈燕の方だ。

「でかした、悟浄。」
「ま、まあな。」
「これで兄ちゃんも安心だ。」
「大袈裟だぞ兄貴。」

しかし慈燕にしてみれば全く全然大袈裟でもないないらしい。
慈燕は八戒に向けてひとり声を張り上げた。

「俺からも例を言うぞ八戒。こっちの事は俺に任せろ。」
「オイ兄貴。」
「俺は今までだってひとりでやってきたんだ。」
「もお何の話だよ。」
「子供達は俺ひとりでも面倒見れる。八戒、こっちは心配するな。」
「何いってんのもお。」

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。」

冗談なのか本気のか分からない温和さで八戒が微笑んだ。
それから彼は今仕上がったばかりの一品をテーブル席へと運んだ。
その隙を狙って、悟浄が慈燕の首を抱え込んだ。

「俺はヤツに住み込んでくれなんて言ってないっしょ!。まだ。」
「いずれはそういうことなら早い方がいいだろ。」
「いずれはそういうことかどうかなんて分かんねーだろまだ!。」
「何だと!、お前はそんな覚悟もなく人を口説くのか!。」
「だって俺ハタチそこそこだぜ?それに向こうの意見も・・」
「歳なんか関係あるか!。」
「も、もしアイツが住み込んだらだな、その、俺今後一生死ぬまで女とデキナイの?。」
「男だろうが女だろうが関係無いって言ったのは誰だ!。」
「それとこれとは話が別。」
「何だと!!!。」


「わーいお代わりだ。」
テーブル席では、八戒が差し出した作りたての一皿を、悟空が満面の笑顔で受け取った。
同じく笑顔で答えた八戒の背後、カウンター席では、
感動のご対面を果たしたはずの兄弟が仇同士の様相で怒鳴りあっていた。

「その腐った根性を兄ちゃんが叩き直してやる!!。」
「いつまでも俺に勝てると思うなよ!クソ兄貴!。」
「いい度胸だ!表へ出ろ!。」
「そっちこそ後悔すんぜ!!。」

叫びながら止まり木から降り立ちドスドスと外に出る模様の大柄な二人組を、
テーブル席の一群は言葉も無く見送った。
視線は二人を追いつつもおかわりの皿に忙しい悟空の隣で、
三蔵はぼんやりと八戒を見上げては聞いた。

「何だありゃ。」
「まあ、仲良し兄弟ということですか。」

「お話の続き、まだなのに。」

子供のひとりが小さく呟きを漏らした。
八戒はただ微笑んで、その子の頭を撫でた。

「すぐ戻ってきますよ。今はふたりきりにしてあげましょう。」


     ふたりきりにしてもらったおかげで、
     悟浄と慈燕はお互い相手に無駄な大怪我を負わせる事になる。
     しかしそれに八戒と三蔵が気付くのは、二人の体力も尽きた頃、
     つまり今から1時間も後の事だ。


「傍輩。」
END.

 

□□お付き合いありがとうございました□□