最終章





それから俺らは寺の外にメシを食いに出た。
やかましい子猿をとっちめたりやり返されたりして、別れたのはもう夕方過ぎ。
俺とヤツの二人が街に辿り着く頃には、辺りはすっかり夜。

死んだはずの男と肩を並べて月明かりの下を歩くのも、そう言えば妙な気分だ。
気分にそぐわないというんじゃなくて、
俺とヤツはこんなふうにしてんのが普通のような気がしてしまうのが妙だと
そういう意味なんだけど。

「いい夜ですね。」
「悪い夜とかあんの?」
「雨が降ってたりとか。」
「ああ。」

俺達はくだらない話題で家路までの間をつぶした。
何故かヤツはすこぶる機嫌が良かった。
機嫌がいいからと言ってサルのようにはしゃぎまわるでなし、
そのヘンは分かりにくいと言えば分かりにくいんだけど、
俺はどういうわけかそういうのが分かるようになっちまっていた。

もう少しで俺んちに到着というところで、
機嫌のいい相棒はいつもらしくない提案を持ち出した。

「こんないい夜に真っ直ぐ帰るのもったいないなあ。」
「のんでく?」
「それも悪くないけど。公園寄りましょうよ。」
「夜に?」
「夜に。」
「誰もいねーぞ。」
「だからいいんじゃないですか。」

何がいいのか分からないが、まあ死んだハズのが戻ってきたんだし、好き勝手にすればいい。
生還祝いにしたら、公園に寄るなんてのはささやか過ぎるけど。

俺とヤツが立ち寄ったその場は、公園とは名ばかりで、
慣らされた空き地の隅にベンチが置いてある程度の場所だ。
昼間ならガキがたむろしてバスケやサッカーの真似事をしているところだが、
夜の闇が落ちた今、当然ガキはいないし、肌寒いこの時期は怪しいアベックもいない。

「あ、ボール発見。」

空き地の隅の植え込みの中に転がったサッカーボールを見つけて、ヤツが駆けだした。
ヤツらしくない挙動も機嫌良さの現れなんだろーか。
後を付いて走る気にもなれず、俺は公園入口付近のベンチに一人腰を降ろした。

ヤツと俺の他に誰もいない公園でベンチを専有し、どっかりと仰け反って座る。
暇だから煙草なんかくわえてみる。
ベンチの低い背もたれに両手をまわしてだらしなく座ると、視線は自然と上を向く。
俺の目には、高く上がったでっかい満月が映った。
そういえば夜なのにそこそこ明るいのは、この月明かりのせいらしい。

ヤツは植え込みの間から蹴り出したサッカーボールを空き地中央に運ぶと、
爪先で蹴ったり踵で止めたりを一人で繰り返していた。
月明かりの下でボールと戯れる野郎を見つめる俺というのは、
何とも不自然だと自分自身思う。

「ね、リフティングってできます?」
「できない。」
「なーんだ。」
「お前できんの?」
「やろうとしてるでしょう。」
「できてないじゃん。」
「だからできないんですよ。」
「なーんだ。」

相変わらず俺達の話はくだらない。
だけど何だろう、それも悪くないと思える不思議な安堵感があった。

ボールを膝の上にあげようとして上手くいかないヤツの間抜けた姿を見るともなく眺めながら、
俺は、そう言えば俺の戒めはどうなったんだろうなんて、
どうでもいい事を思いだしていた。

ヤツが生きて戻った事で、
マジになるとロクな事がないという俺のジンクスは崩れ去ったんだろーか。
イヤ俺別にマジになんかなってないし。
なってたまるかよクソ一体何に対してだ。

誰に話してるわけでもないのについ焦って否定したりして、
何だかワケが分かんなくなってきた。
大体ヤツがヤツらしくもないせいじゃないだろうか。
そもそも、何でコイツは俺んとこに戻ってきたんだろう。

そう。

ソコだ。
その辺はどうなんだ一体?。

ヤツが膝に乗せ損ねたボールが、大きく狙いを外して俺へと転がった。
俺の足元へと転がり来たそれを、俺は安全靴の踵で止めた。
ヤツがボールを追って、ベンチに座ったままの俺の目の前に立った。

つまらない全身運動で軽く息をあげたヤツが、白い月明かりを背負っていた。
決して健康的とは言えないやっぱり死人めいた肌の白さと、
陽差しにも月明かりにも透けない漆黒の髪の対比。
それは妙に、艶めかしかった。

あのまま寺に残るという選択肢もあったハズだ。
ヤツ自身が言い出したなら、三蔵もきっと拒みはしない。
どうしてコイツは、俺の元に戻ったんだろう。

「ね。何か言うことあるんじゃないですか?」

まさに俺が言おうとした台詞を、何故かヤツが口にした。

「あん?」
「月も綺麗だし。」
「何言ってんのお前。」
「僕を口説いたりしないんですか。」
「・・バカ?」

俺は混乱して長髪を掻き上げた・・つもりだったがそういえば髪は無く、
俺の手はバンダナを捲いた頭を空振りした。
そんな俺を笑いながら、ヤツが俺に手を伸ばした。

「ちょっと残念だな。」
「何が。」
「好きだったのに。」

俺?、と、焦った俺は聞いちまうところだった。

「あなたの紅い髪。」

ヤツの研究職めいた繊細な指先が、
今は無い俺の長髪を梳くように、俺の首筋を辿った。

白い月明かりを背負うヤツの整った微笑。
この世とあの世との中間みたいな幽玄の美。
俺は魅入られていた。
初めてコイツを見たときみたいに。

問うべき質問を俺は未だのみこんだままだ。
俺は単にくだらないジンクスを捨てきれないだけかもしれない。
だけど、それも構わない。

だってお前が戻ってきたっていうんなら、
時間は腐るくらいあるんだろ?
なあ、八戒。

夢見るようなヤツの視線に、俺は照れ隠しの嗤いを返した。
首筋に絡みつく指先の熱に気付かないみたいにさりげなく振り払っては、
俺はベンチから腰を上げた。

「帰んぞ。」

立ち上がって振り向いた俺の視線の先で、
ヤツは驚いたように少し瞳を大きくした。
そう言えば「帰んぞ」じゃなくて「行くぞ」が正解なんだろうか。
だけどヤツは俺んとこに住むらしいし、だったらやっぱし「帰んぞ」でいいんじゃないの?
ああなんか面倒くせーなもう。

「か・え・ん・ぞ。」
「ええ。」

先に背を向けた俺を追って、ヤツが軽く駆けた。
並んだ二人の肩越しに、ヤツの小さなつぶやきが届いた。

「ありがとう。」

「あん?」
「イエ。独り言です。」
「あ、っそ。」



   そんなふうにして俺達は始まった。
   それが幸か不幸か言いかねるのは、
   俺達がまだ、旅の途中だから。


「Scene 0 〜 再会」
END.

 
□□お付き合いありがとうございました□□
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