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『Heavenly Blue2』





「あれ、八戒。どこに行くの?」
早朝、そっと部屋を抜け出して、玄関に作られた三蔵の為の出入り口から外に出ようとしていた時だった。
大きな階段を降りてきた悟空が、目敏く見つけて駆けて来る。
「おはようございます、悟空。早いですね」
「うん。散歩? 三蔵は一緒じゃないの?」
「三蔵はまだ眠ってますよ。こっそりもぐり込んで眠ったら、少しだけですけど
一緒に眠れるかもしれませんよ」
「じゃ、行ってくるっ! あとでなっ、八戒っ」
…あれで、こっそりともぐり込むことができるんだろうか。
目をきらきらと輝かせて走り出した悟空の後ろ姿を見て、苦笑する。
この家に拾われてきたときから、菩薩さんの寝室で眠ることになっているらしい悟空は
僕が三蔵と同じ部屋で眠っているのを知ったとき、すごい勢いで文句を言いに来たものの
『文句なんか言えた立場か、てめえ。せめて鼾と寝相をなんとかしてから来るんだな』
三蔵の一喝に、不承不承ながらも、退いたという経緯があった。
三蔵の言葉に嘘がないことは、いちどだけ悟空と一緒に眠ったときに、充分理解できている。
お腹を出して四肢をいっぱいに伸ばして、ぐるぐるごろごろ喉と鼻とお腹を鳴らしながら豪快に眠る悟空は
それはそれでなかなかの見物ではあったけれど。
「毎晩一緒に眠るのは、さすがに大変かもしれないなぁ」
その悟空と毎晩一緒に眠る菩薩さんは、やっぱりただものではないのかもしれない。
つい、くすくすと笑いながら歩くうちに、目的の場所に着いた。
屋敷の裏手。
三蔵が、何よりも大切に思っているらしい朝顔棚の前。
「きれいだなぁ」
毎日思うことを、今朝もやっぱり思って。
青々とした緑の葉が茂り、天に伸びる蔓のあちこちに、蒼く輝くたくさんの花。
今朝も、たくさんの花が新しく開いているのを見て、すごく嬉しくなる。
もう少ししたら、三蔵が此処に見に来るから。
そのときに、あまり咲いていないなんてことだけは避けたくて。
「今日もきれいに咲いてくれてありがとうございます」
目の前に咲く、大きな花にそっと囁いてから、その隣にあった花殻を銜えて引っ張ると
赤紫色に変色した萎れた花が、ぷつんと外れた。
朝顔、という名前のわりに、夕方まで咲き続けているこの花は、すべて萎んだ頃に
爺やさんが終わった花をきれいに取り去っているにも関わらず、翌朝また
すっかり萎れた花がいくつか残っていることがあった。
数日前に此処にきたとき、萎れた花に邪魔をされて、開くことができずにいた蕾みをみつけてから
僕の朝の日課となった花殻摘み。
この朝顔にかける三蔵の想いの深さを知っているだけに、どうしても放っておけなかった僕の
ちょっとした自己満足。
「きれいになったかな」
あまり上の花はどうしようもないけれど。
せめて、自分の届く範囲だけでも、綺麗にしたくて。
今朝も、綺麗に咲き誇る蒼にほうっと溜息をついたとき。
「おまえ、何してんだ?」
「さ、三蔵っ!」
不意にかけられた不審そうな声に、慌てて振り向いて。
「もう目が醒めたんですか? もっと眠ってらっしゃるのかと」
「お前が莫迦を嗾けたんだろがっ」
……なるほど。
「もしかして、起こされちゃいました?」
「ひとが気持ちよく眠ってたってのに、突然飛び掛かってきやがった!
殴りつけてやったら、てめえに言われたからって言いやがったぞ」
そのまま、じろりと一睨みされる。
「あはは…えっと。で、悟空はどうしたんですか?」
「ちょうど爺ィが歩いていやがったからな。早速、何か貰ってんだろ」
「それは、ちょうどよかったですね。きっとお腹がすいていたでしょうし」
「お前もか?」
「え?」
「腹が減って、朝顔を食ってんのか?」
……。
一瞬悩んで。
それからはたと思い当たる。
「ちょ、三蔵っ! 僕は別に朝顔を食べてた訳じゃ…」
言い繕うことはできないけれど、でもそれはあんまりなんじゃないだろうか。
あなたの大切な大切な花と知って、そんなことできるわけないのに。
「旨いのか?」
僕の思いを無視して、まっすぐに朝顔に寄ってきた三蔵が、綺麗に開いた花に鼻をつけて。
「さ、三蔵っ!」
次の瞬間、ぱくんと口に入れた姿に、僕は思わず声をあげる。

大切な大切なあなたの朝顔。
なのに。
…食べてしまえるんですか、アナタは。

言葉も失くして、呆然と立ちすくむ僕に、あなたがニヤリと笑う。
「旨くねえぞ」
「…当たり前です」
僕が此処で何をしていたか、聡いあなたのことだから、もう、すっかりわかっているクセに。
僕のきれいなひとは、ときどきすごく意地悪で。
「こんなモンより、もっと旨い朝飯食いに行かねーか?」
「…行きます」
ちょっぴり溜息をつきたい思いで、頷く。
さっさと踵を返した三蔵に付いて行こうかと思った瞬間、不意にあなたが足をとめた。
「三蔵?」
「ほんとに物好きな馬鹿だな」
「えーと、それってもしかして」
「お前のコトだ」
やっぱり。
「だがな」
「はい?」
「俺もどうやら同じらしいな」
え?
聞き返そうとしたとき。



突然振り返った三蔵が、天に昇る蒼を見上げて高らかに声をあげた。



コイツが八戒だ。


にゃあああん。



天まで届く透き通った声に。
驚いた爺やさんと菩薩さんが駆けてくるまで。
三蔵は鳴き続けた。




あなたの声は、きっと空にも届いて、あなたの大切な人にも、聞こえただろう。
あなたに紹介された僕は、愛しさと切なさでどうしようもなくて
涙を堪えることすらできなかったから。
あなたの大切な人に、認めて貰えたかどうかわからないけれど。



それでも。
僕の知らない誰かに、僕は一生懸命に祈る。


誰よりも何よりも、三蔵だけを愛しています。
一生、すべてを賭けて、このひとを守ります。

だから。


どうか、みていてください。

貴方と僕の、たいせつなたいせつなひとを。






Heavenly Blue